今回は、タイ・プーケット発のクラフトビール「フルムーン・ブリューワークス」を日本に届け、その魅力を広める相川さんにインタビュー。
タイでの13年間の生活で培われた知見と、クラフトビールへの深い愛情、そして日本市場開拓への挑戦についてお話を伺いました。
バンコクから日本へ:相川さんのタイとクラフトビールへの道のり

ケージー: 本日はよろしくお願いします。相川さんにお話を伺えるのを楽しみにしていました。
相川さん: こちらこそ、よろしくお願いします。
ケージー: 相川さんは元々、タイと深い繋がりがおありだと伺いました。どのようなきっかけでタイに行かれたのでしょうか?
相川さん: そうですね。きっかけは、大学時代に仏教やヒンドゥー教のゼミを取っていて、フィールドワークでタイに何度か出向いた経験がありました。就職後、このままでは周りの人と同じで、何かも突出したスキルがないと感じた時に、当時周りにタイ語を話せる人がほとんどいなかったので、「タイ語を身につけよう」と思いました。
ケージー: 当時はまだ珍しかったんですね。
相川さん: ええ、そうなんです。当時はタイ語と言っても「太鼓?」と聞き間違えられることもあるほどでした。それで、社会人になってから一度仕事を辞めて、語学留学でタイに渡りました。
ケージー: 留学後もタイにいらっしゃったんですか?
相川さん: はい。結果的に、バンコクで合計13年間暮らしました。2年間の留学期間を経た後、て日本に帰らず現地で就職が決まったのでそのままタイにいました。元々タイが好きだったので、ずっとタイと関わっていたいという気持ちが強かったですね。

ケージー: 現地ではどのようなお仕事をされていたんですか?
相川さん: 最初は日系企業向けの経済情報誌の配信会社で、営業や編集をしていました。次に転職したのがファイナンス会社で、タイの方が車やバイクを買う際のローンを組む会社でした。私はそこで日系企業向けのファイナンスリースを担当していました。周りはタイ人ばかりで、日本人は私と社長の2人だけという会社だったので、本当にどっぷりタイ人の方々と一緒に仕事をする貴重な経験ができました。とても楽しかったですが、大変なことも多かったですね。
ケージー: その後、日本に戻られてからフルムーン・ブリューワークスと関わることになったと。
相川さん: そうです。タイから上海に移動して4年弱住んだ後、2014年から日本で暮らしていました。タイ語に関わる仕事は続けていましたが、2021年末に一度仕事を全て辞めて、2022年はリセット期間として過ごそうと思っていたんです。その2022年の年明けに、フルムーンのビールを日本に輸入して販売するという計画を耳にしました。ちょうど仕事も辞めていてタイミングが合ったので、ぜひ手伝いたい、やりたいと思って、準備を進めることになりました。
フルムーン・ブリューワークス:タイで生まれたユニークなクラフトビールの物語

ケージー: フルムーン・ブリューワークスの設立の経緯について教えていただけますか?
相川さん: フルムーン・ブリューワークスは、弊社の共同代表であるタイ人女性のユイさんの実の兄ガマラーさんがオーナーで創設者なんです。そして、ヘッドブルワーのスキットさんという方と2人で始めたんですが、彼らは元々アメリカに留学していた時の先輩後輩なんです。アメリカで初めてクラフトビールを飲んだ時に、その美味しさに衝撃を受け、「タイにもでこんな美味しいビールを作りたい」という思いが芽生えたそうです。
ケージー: クラフトビールの本場での経験がきっかけだったんですね。
相川さん: はい。それで、2007年にプーケットでブリューパブを作ろうとスタートしました。なぜプーケットを選んだかというと、世界中から観光客が集まる場所なので、そこで多くの人にタイの美味しいビールを味わってほしいという思いがあったからです。
ケージー: フルムーンのビールは、どのような特徴があるのでしょうか?
相川さん: 彼らのビールはとてもユニークで、現地の素材をたくさん取り入れています。例えば「ブッサバーEX-ヴァイス」というビールには、プーケットに生息するジンジャーフラワーというお花のエッセンスが入っていたりします。他にも、日本ではリリースされていませんが、マンゴー、パッションフルーツ、グァバ、ココナッツ、タイティーなど、タイのローカル素材を使ったビールをリリースしています。プーケットを訪れる観光客と地元の人、両方に喜んでもらえるビールを作りたいという思いがあるんです。

ケージー: 素晴らしいですね。本格的な醸造はいつからですか?
相川さん: 2010年から本格的に醸造をスタートしました。プーケットはタイ人の国内でも旅行先としても人気なので、タイ国内でも「美味しい」と評判が広がり、今ではタイ国内だけでなく、香港、台湾、シンガポール、イギリス、ニュージーランド、そして日本と、海外にも輸出できるほどの規模になりました。わずか10数年で、本当にすごいことだと思います。
ケージー: 味の品質も高いんですね。
相川さん: そうですね。ヘッドブルワーのスキットさんは、ベルリンのブリューマスターコースでビールの醸造を学んでいて、伝統的な製法に沿って作っています。原材料もアメリカ、ドイツ、オーストラリアから高品質な麦芽やホップを取り寄せていて、品質には一切妥協していません。そのため、クラフトビールとして少し値段は上がってしまいますが、作り手の想いがたくさん詰まっているんです。
物語をまとうビール:フルムーンのラベルに込められた深い意味

ケージー: フルムーンのビールのラベルデザインはとてもユニークで、キャラクターが描かれていますね。何か意味があるのでしょうか?
相川さん: はい、そうなんです!フルムーン・ブルーワークスのモットーとして、「ストーリーのあるビール」というのがあります。まず、ビールの味付けや醸造方法を考える前に、ラベルデザインとそれに紐づくストーリーを考えてから作っているんですよ。
ケージー: それは驚きです!具体的に教えていただけますか?
相川さん: 例えば、今手元にある「チャラワンペールエール」というワニのビールですが、これはタイの民話に出てくるワニの王様の名前なんです。そのストーリーは、チャラワン王が魅力的な男性に化けて女性を誘惑してしまうのですが、誘惑された女性もチャラワンの魅力の虜になってしまうというものです。このビールは、そんなチャラワンのように飲むと虜になってしまうくらい美味しいという意味が込められています。

ケージー: なるほど!ワニの足が6本描かれているのも何か意味があるんですか?
相川さん: よく見ると、ワニの足は3本ずつで合計6本あるでしょう。これは、アメリカのホップを6種類使っていることを表しています。それらをブレンドすることで、ライチのようなトロピカルフルーツの風味を持たせているんです。全てに意味があるんですよ。
ケージー: まさに物語が込められていますね!では、「ブッサバーEX‐ヴァイス」の女性のイラストにもストーリーがあるのでしょうか?
相川さん: はい。「ブッサバーEX‐ヴァイス」もタイの文学に出てくる女性の名前で、「大変美しい香りがする女性」を意味します。ブッサバーと名付けられた女の子が生まれた時に、1週間その町中に素晴らしい香りが漂い続けたという物語なんです。このビールはジンジャーフラワーのフローラルな香りが特徴なので、そのネーミングとラベルの妖しげな香りをまとった女性のイメージが重なっています。よく見ると、赤いジンジャーフラワーの花も描かれているんですよ。

ケージー: 素敵ですね。聞けば聞くほど誘惑されます。「チャトリーIPA」のコアラのキャラクターも気になります。
相川さん: 「チャトリーIPA」は、ホップの苦味でパンチが効いているということで、ムエタイ選手が描かれているんです。それからなぜコアラなのかというと、オーストラリア産のホップを大量に使用しているからです。タイとオーストラリアのユニークなマッチングを表現しています。「チャトリー」という言葉はタイ語で「勇敢な」とか「人気者」という意味で、戦うムエタイ戦士のイラストになっています。グレープフルーツのような甘酸っぱさとシトラスの爽やかさがあるセッションIPAなので、ラベルにはグレープフルーツの皮が足に、そして弾けるホップのイラストが描かれています。

ケージー: ビールを飲む前から、ラベルやストーリーで楽しめるのは素晴らしいですね。
相川さん: そうなんです。ビールを作る前に、まずラベルのデザインとストーリーを考えてから、味付けやどういうビールにするかを決めていくというやり方なんですよ。
日本におけるタイクラフトビールの開拓:挑戦と飛躍

ケージー: 日本での販売はいつから始まったのでしょうか?
相川さん: 2023年の4月から実質販売をスタートしました。
ケージー: それまでは、日本への輸出はされていなかったんですね。
相川さん: そうなんです。最初は自分たちで輸入するのではなく、日本のインポーターを探して販売してくれるところを探していました。ですが、タイのクラフトビールはまだ日本に全然ないですし、簡単に「うちが輸入します」という会社はなかなかありませんでした。交渉がうまくいかず、結局前に進まないのなら自分たちで少しずつ輸入してやってみようということになり、そこから会社を設立しました。
ケージー: 会社設立から輸入・販売まで、すべて自社で行うことにしたんですね。
相川さん: はい。2022年の6月10日に会社を登記し、その後、酒販免許(輸入、卸、小売、通信販売)を取得して、自分たちでやる準備に切り替えました。私たちはお酒を扱った経験が全くなかったので、本当にゼロからのスタートでしたね。

ケージー: それは大変でしたね。どのような点がきっかけで、販売が動き出したのでしょうか?
相川さん: 大きなきっかけの一つは、2023年3月に開催された「FOODEX JAPAN」のタイパビリオンに出展したことです。タイ商務省が募集している出展企業にエントリーして、幸運にも申請が通り、大々的にPRすることができました。FOODEX JAPANには飲食店の方、酒販店の方、商社の方、様々なバイヤーがいらっしゃるので、そこで「まだ売ってないの?」「販売が決まったら連絡ください」といった声をたくさんいただき、あれが大きな転機になりました。その後、4月に実際の販売に繋がっていきました。
ケージー: お客様からの反応はいかがでしたか?
相川さん: 初めて飲んだ時、私自身も「え、本当にタイのビール!?」と衝撃を受けたのですが、多くの方も同じように驚き、「こんな美味しいビールがあるなら日本でも飲みたい」というファンが絶対にできると確信しました。ありがたいことに、お客様が「フルムーンのビールを仕入れたい」とお取引先の酒販店さんに頼んでくださるケースも多いんです。そういったお客様の声のおかげで、酒販店さんも弊社と口座を開設してくださり、日本に入ってきて2年ですが、今では多くの酒販店さんからお取り扱いいただけるようになりました。私が何かしたというより、お客様に支えられてここまで来られたと本当に感謝しています。
フルムーンの魅力:暑い国で愛されるクラフトビールと世界への広がり

ケージー: フルムーンのビールは、日本のビールとはまた違った魅力を感じます。
相川さん: そうですね。フルムーンのビールは、暑い国で飲みやすいように工夫されています。観光客の方がビーチなどで飲みやすいように、アルコール度数は低めで、フルーティーな味わい、そして口当たりのスムーズさが特徴です。どれも軽やかで滑らかな飲み心地なんです。
ケージー: 他の国での展開はいかがでしょうか?
相川さん: 台湾や香港には以前から出ていたようです。特に台湾が今、輸出が伸びている最大のマーケットですね。台湾の方はクラフトビールがとても好きで、フルムーンのビールも缶製品を含め、ほとんどのラインナップが台湾では展開されています。
ケージー: そうなんですね!日本はまだボトル3種類が定番ですが、台湾は缶も豊富なんですね。
相川さん: はい、そうです。タイ国内では、コンビニのセブンイレブンやスーパーのビッグC、トップス、パラゴン、エンポリアムなど主要な場所で幅広く販売されています。クラフトビールが飲めるおしゃれなバーやホテルのバーでも90店舗くらいで提供されているみたいです。
ケージー: 品質へのこだわりも、世界的な評価に繋がっていると伺いました。

相川さん: はい。フルムーン・ブリューワークスは、毎年世界のビアアワードに挑戦しています。オーストラリアンビアアワード、インターナショナルビアアワード、ヨーロピアンビアスターなど、様々な大会で自分たちのビールがどのくらいの評価を得られるか、品質を試しているんです。そして、毎年何らかの賞を受賞していて、品質の高さは折り紙つきです。
ケージー: それは素晴らしいですね!最近の新しい動きはありますか?
相川さん: 今年5月、タイフェスティバル東京に出店し、チャラワンペールエールとブッサバーEX-ヴァイスの生ビールの提供を行いました。やはり生の美味しさは格別で、多くのお客様からまた飲みたいというお声をいただいたので、大変嬉しかったです。タイではアルコール度数0.5%の低アルコールのIPAがリリースされました。
未来への展望:日本でタイクラフトビールの世界を広げるために

ケージー: 今後の展望についてお聞かせください。
相川さん: 今、日本のクラフトビール市場は盛り上がっていますが、タイのクラフトビールを知らない、飲んだことがないというお店がほとんどです。しかし、一度飲んでいただけると気に入ってくださり、タイ料理屋さん以外のクラフトビール専門店でも置いてもらえるようになってきました。
ケージー: 着実に広がりを見せているんですね。
相川さん: はい。今後は、タイが好きな方やタイレストランでまず知名度を上げていき、次に、タイレストランではないクラフトビールバーなどでもフルムーンのビールが手に取ってもらえる機会が増えたら嬉しいです。また、タイに特化したイベントだけでなく、クラフトビールのフェスなどでも飲んでいただけるようになりたいですね。
ケージー: 相川さんが一人で日本での活動をされているのは、本当にすごいことだと思います。
相川さん: ありがとうございます。なかなか一人ではあれもこれもできないのですが。でも、フルムーンのビールは他にもマンゴーやココナッツ、タイティーなど、タイのユニークな素材を使った美味しいラインナップがたくさんあるので、そういったビールもぜひ皆様に手軽に楽しんでいただけるように頑張りたいです。

ケージー: 最後に、フルムーン・ブリューワークスの日本のファンの皆様、そして今後のファンになるかもしれない方々に向けて、メッセージをお願いします。
相川さん: そうですね。私の夢は、日本にフルムーンのタップルームを作ることです。そこで美味しい料理と一緒に、できたての生ビールや瓶・缶ビールをいつでも楽しんでいただけるような場所ができたら最高ですね。そうなったら、私は引退してそこで好きなだけフレッシュなフルムーンブリューワークスのビールを飲んで過ごしたいです。(笑)。今は関東が中心ですが、九州から北海道まで取引先のお店お客様も増えてきています。これからもぜひ色々な場所に出かけていって、タイ料理屋さんのオーナーさんとお会いしてお話したいと思っています。直接お会いして、その場で開けて飲んでいただくのが私自身もすごく楽しいので、興味を持ってくださった方はいつでもご連絡をお待ちしています!
ケージー: 本日は貴重なお話をありがとうございました!今後のフルムーン・ブリューワークスの日本での展開、そして相川さんの挑戦を応援しています!
相川さん: ありがとうございました!