東京都・西荻窪にお店を構える「夢飯」は、シンガポールの国民食・チキンライスを日本に広めたパイオニア的な存在です。2000年の創業以来、多くの人々に親しまれてきた同店は、2025年3月に25周年を迎えました。
今回お話を伺ったのは、夢飯の店主でいらっしゃる小島さん。百貨店勤務からスタートしたキャリア、チキンライスとの偶然の出会い、そして「夢のようなご飯を届けたい」という想いを胸に、西荻の地で長年歩んでこられました。
その原点と、これからの展望について、じっくりとお話をお聞きしました。
「最初の3年だけ続けてみよう」から始まった夢飯の歴史

ケージー:本日はよろしくお願いします!突然ですが、夢飯さんがオープンしたのって、もう25年前なんですね。
小島さん:よろしくお願いします。はい、2000年の3月21日です。最初は「とにかく3年だけやってみよう」って思って始めました。もうすぐ25周年、本当にあっという間でしたね。
ケージー:25年って本当にすごいですよね!
小島さん:最初は何もわからなくて…。とにかく、自分で決めた「3年」はやりきろうって決めてました。それを乗り越えてからは、「あ、続けていいんだな」って。
ケージー:実際に夢飯ができた頃って、まだ日本ではチキンライス自体も知られてなかったですよね。

小島さん:そうなんです。当時は本当に“未知の料理”でした。しかも私は、もともと料理の修業をしていたわけでもなくて、百貨店で働いていたんですよ。
ケージー:そうだったんですね!
小島さん:小田急百貨店で。接客の仕事をしていたんですけど、そのうち「人に何かを提供すること」そのものに興味が湧いてきて。当時、趣味でやってたスキューバダイビングの旅先でバーを経営していた伊藤路以さん(現夢飯のオーナー)と出会ったんです。
ケージー:そこでつながったんですね。
小島さん:はい。そのバーで料理を担当するようになって、最初はイタリアン系のパスタや前菜なんかを出してたんです。でも、あるお客さんとの会話がきっかけで、アジア料理、特にシンガポール料理に興味を持つようになって…。
チキンライスとの出会いは“お客さんのひとこと”だった

ケージー:アジア料理に興味を持ち始めたきっかけが気になります!
小島さん:そのバーに、海外ツアーの照明を担当しているアーティストのお客さんがいらっしゃったんです。シンガポールから帰ってきて、「こんな美味しい料理があったよ!」って、バーのカウンターで熱く語ってくれて。
ケージー:それがチキンライスということなんですね!
小島さん:そうです!「蒸し鶏をごはんにのせたような料理があって、現地でめちゃくちゃ人気だったよ!」って。名前までははっきり聞いてなかったんですけど、その話を聞いて「なんだそれ、美味しそう!」って。
ケージー:情報が少ない中でどうされたんですか?
小島さん:当時はネットも今ほど発達してなかったから、本や雑誌でレシピを調べて、ほぼ独学で作ってみたんです。
ケージー:すごい…。
小島さん:試作品を祖母に食べてもらったら、あんまり食事に興味のない祖母が“これ美味しい!”って大絶賛してくれて。「これはいけるかも?」って思いました。

ケージー:いい話ですね!
小島さん:その後、バーのおつまみのような感じで出してみたら、お客さんたちも「これ何!?」「うまい!」って反応してくれて。そこからチキンライスという料理の魅力にのめり込んでいきました。
ケージー:まだ誰も知らない料理なのに、出してみようと思えるのがすごいです。
小島さん:いや、本当に誰も知らなかったから、むしろ怖かったです(笑)。でも、自分の中では「この味を広めたい」っていう強い気持ちがあって。その想いだけで突っ走った感じですね。
日本初の専門店が抱えた“誰も知らない料理”への挑戦

ケージー:その後、本格的にチキンライス専門のお店を出すまでには、どんな流れがあったんですか?
小島さん:実は、ずっと伊藤路以と「BARの仕事より昼間の商いをしたい」と思ってたんです。そしたら、バーのお客さんに設計関係の仕事をしている方がいて、その人が不動産屋さんとつながってて。今の場所を紹介してくれたんです。
ケージー:今の西荻の店舗は、そんな出会いでオープンされたんですか?笑
小島さん:はい。最初は「ちょっと西荻ってディープじゃない?」なんて話もあったんですけど、実際に見たらすごく開放感があって、「ここでやりたい!」って。
ケージー:当時ってまだ西荻が“グルメの街”ってイメージもなかったですよね!
小島さん:そう。むしろ「酔っ払いの終着駅」みたいなイメージで(笑)でも、この場所にしかない空気感があったんですよね。

ケージー:オープン当初はどうでしたか?
小島さん:オープン初日はたくさん来てくれたんです。でも、次の日からはあんまりで(笑)食材も仕込みも不安定で、何がうまくいってないのかもわからない。最初の半年は、本当に手探り状態でした。
ケージー:でも、そこから徐々に広まっていったんですよね?
小島さん:そうですね。半年ぐらい経って、メディアが取り上げてくれるようになって、それで一気に認知が広がりました。
ケージー:まさに“先駆者”としての道を開いたわけですね。
小島さん:いや、ほんとに。誰も知らない料理を、自分が初めて日本で出していいのか?ってずっと思ってました。でも、そういう不安もお客さんの「美味しい」でちょっとずつ吹き飛んでいったんです。
広がる夢飯の輪―西荻から都心へ、そして再びひとつの店へ

ケージー:その後、都心にも夢飯さんの店舗ができていた時期がありましたよね?
小島さん:はい。一時期は西新橋、南麻布、国立にも店舗があったんです。西新橋店は、今でいう愛宕ヒルズの近くで、オフィス街の地下レストラン街にありました。
ケージー:“オフィスワーカーのチキンライス”ですね!
小島さん:そうなんです。「手軽に栄養のあるものが食べられる」って、働く人たちから支持されました。でも…やっぱり人の育成と品質の維持が大きな課題でしたね。
ケージー:現場で全部作るスタイルだからこその難しさですね…
小島さん:そう。セントラルキッチンも工場も持たず、全部その場で作るっていうスタイルを貫いていたので、アルバイトの欠勤一つでクオリティが崩れちゃう。

ケージー:それで、再び西荻一店舗に絞ることに?
小島さん:はい。10年くらい前に国立を閉じて、それ以降は“この1店舗を大事に育てていこう”という気持ちに切り替えました。
ケージー:それってすごく潔くて、同時に深い選択ですね。
小島さん:チキンライスを広めたいっていう想いはずっとあるんですけど、自分の目の届く範囲で、誠実に作り続けることを優先したっていう感じです。
“夢のようなご飯”を、これからも―後継者に託すバトン

ケージー:”夢飯”っていう店名もすごく印象的ですよね。
小島さん:これはね、バーのお客さんのひとことからなんです。「夢みたいなご飯だから、夢飯ってどう?」って(笑)その場のノリだったんですけど、気に入って、正式な店名にしました。
ケージー:まさに“夢のようなご飯”ですね。
小島さん:はい。ロゴやデザインも全部、お店のお客さんであるアーティストやイラストレーターの方が手がけてくれたんです。自分ひとりじゃできなかったことばかりです。
ケージー:チキンライスに対する愛情もすごく伝わってきます。

小島さん:チキンライスって、宗教や文化を問わず、誰でも気軽に食べられる料理なんです。日本で言う豚汁定食みたいな、“毎日食べられるごはん”になってくれたら嬉しいなと思ってます。
ケージー:それが25年も続いてるって、本当にすごいことですよね。
小島さん:はい。今現在、私は店主という立場で切り盛りしていますが、ようやく5年ほど経って慣れてきたところです。オープンからの20年間は、伊藤路以と二人三脚で、スタッフと共に試行錯誤を重ねながら歩んできました。そのことも、ぜひ知っていただけたら嬉しいです。
ケージー:まさに「続けてきた人にしかわからない重み」があるんですね。
小島さん:あと最近は、やっぱり後継者を育てたいという気持ちも強くなっています。夢飯を次の世代に繋げていくためにも、若い人たちがやりがいを感じられる環境を整えたいなって。
ケージー:それ、めちゃくちゃ大事ですね。夢飯さんって「料理」だけじゃなくて、「文化」や「人のつながり」が全部詰まってる感じがします。
小島さん:ほんと、そういう場所にできたら嬉しいです。シンガポールに住んでいた人が懐かしさを感じたり、アジアが好きな若い人が興味を持ったり―夢飯が“世界とつながる窓口”になれたら最高ですね。
ケージー:今日のお話、すごく感動しました!最後に、夢飯さんのファンに向けてメッセージをお願いします。
小島さん:これからも変わらない味と空気感を大事に、丁寧にごはんを作り続けていきたいと思います。25年の積み重ねを、これからの一皿にも込めて。夢飯に足を運んでくださる皆さん、本当にありがとうございます。
インタビュアーからの一言
夢飯さんにお話を伺いながら感じたのは、チキンライスという一皿に込められた想いの深さ、そしてそれを25年間にわたって変わらず届け続けてきた店主・小島さんの誠実な姿勢でした。
「夢のようなご飯を届けたい」という言葉どおり、料理だけでなく、お店の空間やお客さんとの関係性にもその温かさがにじみ出ていて、“食を通じて人とつながる場所”という印象を強く持ちました。
百貨店勤務からスタートし、まだ日本で知られていなかったシンガポールのチキンライスに出会い、ゼロから道を切り開いてきたその姿勢には、まさにパイオニアとしての覚悟と情熱を感じました。


現在は西荻窪の1店舗に注力し、現場で一つひとつ丁寧に料理を作り続けるスタイルを貫いている夢飯さん。その味わいだけでなく、背景にあるストーリーにも心を打たれました。
実際に訪れた店舗の様子や、看板メニューのチキンライスについては、別記事にてご紹介していますので、ぜひそちらも併せてご覧ください。
