大阪・中崎町の静かな住宅街にひっそりと佇む人気タイ料理店「ピタックごはん」。オープンからわずか3年で“予約の取れない店”として話題を集め、SNSでも注目されているお店です。
この店を一人で立ち上げ、今もなお厨房に立ち続けているのが、タイ・バンコク出身のジャックさんです。
日本に来て27年。京都での修業時代から始まり、自分のお店を開いた経験、一度飲食業を離れてからの再起まで——その歩みは、タイ料理を通じて日本のお客さまと心を通わせてきた日々の積み重ねでした。
「お客さんに満足して帰ってもらえたら、それが一番嬉しいんです」
そう語るジャックさんが見つめるのは、料理へのひたむきな想いと、次なる一歩への挑戦でした。
京都から始まった“タイの味”との旅

ケージー:ジャックさん、今日はありがとうございます!さっそくなんですが、日本に来られたのはいつ頃だったんですか?
ジャックさん:こちらこそ、ありがとうございます。僕が日本に来たのは27年前、20歳のときですね。
ケージー:若い頃に来られたんですね!どこから来られたんですか?
ジャックさん:バンコクです。タイの中でも都会育ちなので、よく“シティボーイ”って言われます(笑)
ケージー:バンコクは確かにシティーボーイですね(笑)日本に来たきっかけは何だったんですか?
ジャックさん:当時19歳くらいの時に、タイでカフェのようなお店をやってたんですけど、そこに日本人のオーナーが来てくれて、「この味、日本でも出してみない?」って誘ってもらったのがきっかけです。
ケージー:そのお店って、タイ料理のカフェだったんですか?
ジャックさん:そうです。タイ料理をベースにしながらも、若い人にも受け入れられやすいカフェっぽいスタイルにしてました。ガチガチのタイ料理じゃなくて、もっと気軽に楽しめる感じで。

ケージー:それって、今の日本のタイ料理ブームの流れを先取りしてますね!
ジャックさん:そうですね。あの頃はまだ日本に今みたいに気軽なタイ料理店は少なくて、一人では入りにくい雰囲気もあったので、そういう意味でもカフェっぽくして正解だったと思います。
ケージー:それで、日本に来られて、まず京都でお店を始めたんですね?
ジャックさん:はい、僕のお店ではなくて、先ほど話した女性オーナーの店で働き始めました。場所は京都の河原町。そこから始まって、18年間くらい京都でタイ料理に関わっていました。
ケージー:16年はすごいですね。その間にいろんな経験を積まれたんじゃないですか?
ジャックさん:そうですね。最初のお店は立ち退きで閉めちゃったんですが、その後も近くで続けてましたし、常連さんとの関係も深くなって、京都の方々に本当にお世話になりました。
「ピタックごはん」が生まれたきっかけ

ケージー:京都で18年間タイ料理に関わってきた中で、いつ「自分のお店をやろう」と思われたんですか?
ジャックさん:京都でのお店が終わった後、一度フリーになって、少し休んだんです。20歳からずっと働いてきていたので、ちょっと一息つきたくて。その間はバイトしたり、イベントに出たりしてました。
ケージー:イベントって、タイ料理のイベントですか?
ジャックさん:はい。京都のイベントで料理を出したら、懐かしい常連さんがたくさん来てくれて。「ジャックさんの料理、また食べたかった」って言ってもらえたのが本当にうれしくて、「やっぱりもう一度自分のお店をやろう」と決心したんです。

ケージー:お客さんの声がきっかけだったんですね。
ジャックさん:そうです。イベントって一日限りじゃないですか。でも、みんな僕の味を覚えてくれていて、「どこでお店やってるの?」って聞かれて。「これはちゃんと形にしないと」と思ったんですよね。
ケージー:そこから物件を探し始めたんですか?
ジャックさん:そうですね。ただ、なかなか良い物件が見つからなかったのと、当時はちょうどコロナの影響もあって、動くのが難しかったです。なので、数年は物件を探しつつ、頭の中で構想を練っていました。
ケージー:じゃあ、イベントでの再会がきっかけになって、「ピタックごはん」が生まれたわけですね。
中崎町という街と、理想の物件との出会い

ケージー:そしてついに、今の中崎町でお店を開くわけですが、この場所との出会いはどんな感じだったんですか?
ジャックさん:中崎町は前から気になってたエリアで、「この辺にいつか店を出せたらいいな」と思ってたんです。でも、なかなかちょうどいい物件がなくて。やっと出会えたこの場所も、もともとはただの一軒家だったんですよ。
ケージー:えっ、一軒家だったんですか?最初から飲食店じゃなくて?
ジャックさん:そうなんです。空き家だったんですけど、間取りも雰囲気もすごくよくて。ここなら面白いお店ができるかもって思って、契約しました。

ケージー:今の温かい雰囲気は、そういう背景があるからなんですね。中崎町という街については、どんな印象を持たれていましたか?
ジャックさん:おしゃれで落ち着いてて、しかも市場も近い。僕は毎朝天満の市場に行って仕入れしてるので、その意味でもすごく便利なんです。あと、住んでる人たちも温かくて、飲食店をやるには最高の街やなと思いました。
ケージー:実際、やってみてどうですか?中崎町という土地との相性は。
ジャックさん:めちゃくちゃいいです。やっぱり、ふらっと立ち寄ってくれる人が多いし、口コミでどんどん広がってくれる。しかも、匂いの問題とか音の問題にも気を遣って設計したので、周りの住民の方とのトラブルもなく、すごく穏やかにやれてます。
ケージー:まさに“理想の立地”ですね。中崎町の雰囲気と、ピタックごはんのコンセプトがすごく合っている気がします。
ジャックさん:そう言ってもらえるとうれしいです。場所選びってすごく大事ですからね。ここで店を始められて、本当によかったと思ってます。
満席が続く日々と“次の一手”への構想

ケージー:オープンから3年、今や予約が取れない人気店として知られていますが、当初からこんな反響を想定されていましたか?
ジャックさん:いやいや、全然そんなことはなくて(笑)最初は「誰も来なかったらどうしよう」って不安の方が大きかったです。お店の立地も、表通りから少し入ったところで、最初は「ここ大丈夫かな?」って思ってました。
ケージー:でも結果的には、ファンの方がどんどん通ってくださって。
ジャックさん:ありがたいことに、京都の頃からのお客さんも来てくれましたし、中崎町で知ってくれた方も増えてきて。気づけば週末は常に満席、平日でも予約で埋まってるような状況になりました。

ケージー:それだけに、入りきれないお客さんへの対応も悩ましいですよね。
ジャックさん:そうなんです。せっかく来てくれたのに断らないといけないのが、いちばん辛い。だから今、2店舗目の構想を本気で考えています。
ケージー:それは楽しみですね!どんなお店をイメージされているんですか?
ジャックさん:今の店は予約中心で、グループのお客さんが多いので、次は一人でもふらっと立ち寄れるようなお店にしたいと思ってます。立ち飲みスタイルとか、カウンター中心の形も面白いなと。
ケージー:より日常的にタイ料理を楽しんでもらえるような空間に。

ジャックさん:そうですね。予約がなくても入れる場所、パッと来てサッと食べて帰れる店。ワインやお酒とのペアリングも意識しながら、ちょっと違うアプローチができればなと思ってます。
ケージー:物件探しは順調ですか?
ジャックさん:今も探してるんですけど、なかなか難しいですね。いい物件があっても家賃が高かったり、場所が合わなかったり。焦らずじっくり、でもできれば夏前にはオープンしたいと考えてます。
本場の味と手間を惜しまないこだわり

ケージー:ピタックごはんさんは、料理のクオリティが本当に高いですよね。特にガイヤーン、あれは衝撃的でした。
ジャックさん:ありがとうございます。ガイヤーンは12時間以上しっかり漬け込んで、一晩寝かせてから焼いてます。仕込みに時間はかかりますけど、そのぶんお肉が柔らかくて、味がしっかり中まで染みてると思います。
ケージー:冷凍は使わず、作り置きもできるだけしないと伺いました。

ジャックさん:そうですね。冷凍するとどうしても食感が落ちるので、できるだけその日に仕込んだものを、その日に出すようにしています。もし売れ残りそうだったら、無理に出さずにセールに回すこともあります。
ケージー:お客さんにベストな状態で届けたいという想いがすごく伝わってきます。
ジャックさん:料理は、「これならまた来たい」と思ってもらえるかどうかがすべてだと思っていて。常連さんも多いので、手を抜いたらすぐにバレちゃいます(笑)。

ケージー:印象的だったのが、「スキーヘン」という料理。あまり聞きなじみがない名前ですが、どんな一品なんですか?
ジャックさん:野菜と春雨を炒めた料理で、自家製のタレを使ってます。タイでもよく食べられてるんですが、日本ではあまり見かけないので、初めて食べる方も多いです。特に女性に人気がありますよ。
ケージー:春巻きも人気なんですよね。
ジャックさん:春巻きは1週間に2〜3回、手巻きで仕込んでます。夜な夜な巻いてるときは「これは春巻き屋か?」って思うくらい(笑)。でもやっぱり手間をかけるから美味しくなるんです。
ケージー:大量生産せず、手をかける。それがピタックごはんさんの味を支えているんですね。
ジャックさん:はい。美味しいものを、ちゃんとした形で出したい。それが自分のやり方なんです。
「タイ料理をもっと日常に」ジャックさんの願い

ケージー:最後に、ジャックさんがタイ料理を通じてどんなことを伝えたいのか、教えていただきたいです。
ジャックさん:やっぱり、もっとたくさんの人にタイ料理を日常的に食べてもらいたいというのが一番の願いです。タイ料理って、「特別な時に食べる料理」みたいなイメージがあるけど、もっと気軽に楽しんでほしいんですよね。
ケージー:確かに、以前は「タイ料理=ちょっと敷居が高い」みたいな雰囲気がありましたよね。
ジャックさん:そうなんです。価格も高くて、一人では入りにくいっていうお店が多かった。でも僕は、若い人でも、一人でも、サクッと食べられるようなお店にしたかった。だから価格も抑えて、メニューもカジュアルにしています。
ケージー:それってすごく大事なことですね。特に若い世代が気軽に食べられることで、タイ料理ファンが増えていく。
ジャックさん:そうそう。最近は若い女性のお客さんもすごく多くて、リピーターになってくれる人もたくさんいます。それがめちゃくちゃ嬉しいですね。
ケージー:ちなみに、ピタックごはんさんをきっかけにタイ料理にハマる人って多いと思います。僕もその一人です。
ジャックさん:ありがとうございます(笑)。「初めて来たけどすごく美味しくて、また来ました!」って言ってくれる人がいると、本当にやっててよかったなと思います。
ケージー:まさに、ジャックさんの料理が“タイの入り口”になっているんですね。
ジャックさん:そうなってたら、最高です。料理を通して、タイという国にも興味を持ってもらえたら嬉しいですし、それが僕の役割かなと思っています。