幡ヶ谷で「タイ料理×クラフトビール」という独自の挑戦を続ける「LaLa Chai」。
海外に興味がなかった一人の若者が、バックパッカーの旅でタイ料理と出会い、いかにしてこのユニークなコンセプトのお店を立ち上げたのか。
コロナ禍という苦境を乗り越え、「本物の味」への執念で、日本のタイ料理界に新たな風を吹き込むオーナー中山さんの情熱に迫ります。
人生を変えたバックパッカーの旅:海外への無関心からタイ料理への第一歩
ケージー: 本日はよろしくお願いいたします!中山さんのこれまでのキャリアについて、まずは海外との関わり、特にタイ料理との出会いについてお聞かせいただけますか?
中山さん: はい、よろしくお願いいたします。新卒でハブ(HUB)に入社し、大学卒業後は六本木の店舗で2年半ほど働いていました。実はそれまで、私自身は海外に全く興味がなかったんです。
ケージー: そうなんですね!では、海外に行かれたのはハブでの研修が初めてだったのでしょうか?
中山さん: ええ、その通りです。入社前の研修で初めてイギリスに行ったんです。会社が費用を半分負担してくれて、10日間くらいの滞在でした。それまで一度も海外に行ったことがなかったので、「一生海外には行かないだろうな」とすら思っていたくらいで(笑)。その研修中も、海外ってこんな感じなんだな、という程度で、特に強い熱意が芽生えることはありませんでした。
ケージー: なるほど。では、何がきっかけで海外に興味を持つようになったのですか?
中山さん: 六本木のハブで働き始めてからです。当時の六本木店は、お客さんの8割くらいが外国人だったんですよ。20年くらい前の話ですが、彼らと日々コミュニケーションを取る中で、だんだんと海外に興味を持つようになりました。研修中は連れて行かれた感覚でしたが、仕事を通じて海外の人と接するうちに、「ちょっと行ってみようかな」という気持ちが芽生えてきたんです。
ケージー: 仕事がきっかけで海外への扉が開かれたのですね。そして、実際にバックパッカーとして旅に出られたと伺いました。
中山さん: ええ。25歳の時にハブを辞めて、すぐに転職するのではなく、完全にバックパッカーとして旅に出ました。最初はヨーロッパに行こうと考えていたんですが、費用が高すぎて断念し、東南アジアを中心に旅することにしました。そこで初めてタイ料理に出会ったんです。半年以上かけて、いくつかの国を2週間ずつくらいロングステイしながら巡りましたね。
ケージー: 半年以上も!その中でタイ料理に魅了されたのでしょうか?
中山さん: 実は、最初はそこまで意識していませんでした(笑)それまでタイ料理はどちらかというと敬遠してきたくらいで。20年前は今ほどタイ料理店も多くなかったですし、昔、母親が急にグリーンカレーを作ってくれたことがあったんですが、それが非常に辛く、正直食べられなかったという記憶が強く残っています。だから、タイを旅した時も「せっかくだから、現地の食事を試してみよう」くらいの感覚で、慎重に味わっていましたね。
ケージー: まさか、その時は将来タイ料理店を経営するとは想像もしていなかったでしょうね。
中山さん: 全くですね(笑)。でも、旅の経験や、その後のクラフトビールとの出会いが、今の「LaLa Chai」のコンセプトに繋がっていくんです。
タイ料理×クラフトビール」という新境地:独自のコンセプトが生まれた背景
ケージー: バックパッカーとしての旅を終え、日本に戻られてからは、どのようなキャリアを歩まれたのでしょうか?
中山さん: 25歳で旅に出て、半年ほどで日本に帰国しました。そこから30歳くらいまでは、主に飲食店で働いていました。渋谷の東急ハンズの地下にあったダイニングバーや、焼き鳥屋さんなど、様々な業態を経験しましたね。大学の頃から「いつか自分のお店を持ちたい」と考えていたので、そのための準備期間として接客やお酒の知識などを学んでいました。
ケージー: なるほど。飲食店での経験を積まれる中で、「LaLa Chai」のコンセプトに繋がる転機が訪れるわけですね。ちなみになのですが、中山さんは普段からお酒は飲まれていたんですか?
中山さん: よく驚かれるんですが、実は私、お酒はほとんど飲まないんですよ(笑)。味見はしますが、がっつり飲むわけではありません。ただ、30歳くらいの時に、とあるクラフトビールを飲んで「これは!」と衝撃を受けまして、そこからクラフトビールの世界に深く入っていきました。そして、ご縁があって「べアードブルーイング」というクラフトビール会社に入社したんです。
ケージー: それは意外ですね!お酒を飲まないのにクラフトビールの会社に入られたと。
中山さん: ええ。当時はまだクラフトビールブームが本格化する前で、クラフトビール専門店もそれほど多くなかった頃でした。その中でべアードブルーイングで働いた経験が、その後の「LaLa Chai」のコンセプトに直結しています。クラフトビールをメインに扱うことは決めていたんですが、「では料理はどうしようか」となった時に、「タイ料理とクラフトビールを合わせる専門店ってないな」と思ったんです。
ケージー: 確かに、あまり見かけない組み合わせですね。それが「ないからやろう」という発想に繋がったと!
中山さん: まさにその通りです。クラフトビールは種類も豊富で奥深く、詳しくないと難しい部分もありますが、タイ料理も同様に奥深い。この二つを掛け合わせることで、他にないユニークな店ができると確信しました。当時、東京のタイ料理店の多くは老舗雰囲気か、屋台のような雰囲気で、カジュアルに入りやすい店舗があまり多くありませんでした。
ケージー: 既存のイメージを打ち破るような、新しいタイ料理店の形を模索されていたのですね。
中山さん: はい。おしゃれなカフェのような雰囲気を持ちつつ、クラフトビールに合う本格的なタイ料理のお店を作りたいという構想を練っていきました。それが「LaLa Chai」のコンセプトの原点です。
幡ヶ谷を選んだ理由と空間へのこだわり:天井高5mが象徴する「LaLa Chai」の魅力
ケージー: LaLa Chaiのコンセプトを練り上げられた後、お店をオープンする場所として幡ヶ谷を選ばれたのは、どのような理由があったのでしょうか?
中山さん: 実は当時、私自身が幡ヶ谷と初台の間に住んでいたんです。物件探しは色々な場所を見て回っていたのですが、特にこの幡ヶ谷の物件は、以前から「もしここが空いたら何かやりたいな」と狙っていた場所でした。
ケージー: ご自身の生活圏内で、以前から目をつけていた物件だったのですね。この物件のどのような点に魅力を感じられたのですか?
中山さん: ここは元々パン屋さんだったんですが、天井を抜いてみたら、想像以上に高さがあったんです。通常の店舗の天井は、3m前後ですが、ここは5メートルくらいあったので「これは使える!」と思いました。この圧倒的な天井の高さと開放感が、LaLa Chaiの大きな特徴になっています。
ケージー: まさに隠れた魅力を発見されたわけですね。この広い空間がLaLa Chaiの雰囲気にどう貢献していると感じますか?
中山さん: はい。この開放感が、お客様にとっての居心地の良さに繋がっていると思います。幡ヶ谷という立地も、渋谷や新宿へのアクセスが良く、若い方から30代、40代の方まで幅広い層のお客様が集まるエリアです。特に最近は若い層も増えてきていますね。
ケージー: 幡ヶ谷という街の多様な客層と、開放的な空間が、LaLa Chaiの魅力となっているのですね。
中山さん: そうですね。この空間は、お客様がリラックスして、私たちのクラフトビールとタイ料理を楽しんでいただく上で非常に重要な要素だと思っています。
コロナ禍で直面した開店の試練:飲食店経営を生き抜くための戦略と工夫

ケージー: LaLa Chaiのオープンは2020年2月、まさにコロナ禍が始まった時期と重なりますね。開店直後から、想像もしていなかったような困難に直面されたのではないでしょうか?
中山さん: はい、本当に厳しいスタートでした。2月1日にオープンしたのですが、2月の後半には「これはまずいぞ」という空気が世の中を覆い始め、3月に入ると緊急事態宣言が出るかどうかの話が持ち上がりました。オープン景気もほとんどなく、最初の10日間くらいは良かったものの、その後は客足がぱたりと途絶えてしまいました。
ケージー: まさに絶体絶命の状況ですね。あの時期を生き延びた飲食店は、本当にすごいと思います。そうした中で、具体的にどのような対策を講じられたのですか?
中山さん: まず、それまで夜のみの営業でしたが、すぐにランチ営業とテイクアウトを開始しました。当時はUber Eatsへの加盟申請が殺到していて、半年待ちになる飲食店も多かったと聞きます。幸いなことにUber Eatsをオープン直後に契約していたので、その選択が遅れていたら間違いなく終わっていました。とにかく、やれることは何でもやろうという一心でしたね。
ケージー: その判断と行動の速さが、LaLa Chaiを救ったのですね。
中山さん: はい。Uber Eatsとテイクアウトがなければ、あの時期を乗り越えることは不可能でした。また、日本政策金融公庫からコロナ融資を受けたのも大きかったです。全国の飲食店が電話1本で融資が決まるような状況でした。当時は政府が「とにかく飲食店を継続させろ」という方針で、とにかく融資を出し渋るなという指示が出ていたようです。
ケージー: 未曾有の危機の中で、本当に様々なことを試されたのですね。
中山さん: そうです。あの期間は、ある意味で「実験期間」でした。営業は厳しかったですが、その分、料理のアップデートやSNSでの発信、そしてUber Eatsでの唐揚げ専門店など、色々なデリバリー業態を試しました。何がお客様に届くのか、何が当たって当たらないのか、とにかく試行錯誤の毎日でした。
「本物」への執念とメニュー開発哲学:カオマンガイを出さない理由と「思い出の味」の追求
ケージー: LaLa Chaiのメニューには、定番のガパオやグリーンカレーはありますが、なぜカオマンガイがないのでしょうか?多くのタイ料理店で提供されている人気メニューだと思うのですが。
中山さん: よく聞かれるのですが、LaLa Chaiではカオマンガイは基本的にレギュラーメニューにはないんです。提供するとしたら、年に一度、お正月三が日の最終日にだけ特別に出すくらいですね。
ケージー: それは意外です!なぜそこまでカオマンガイの提供を限定されているのですか?
中山さん: 私が考えるに、カオマンガイは非常に専門性が高い料理なんです。カオマンガイを本当に美味しく提供するには、それに特化したオペレーションが必要だと感じています。多くのタイ料理店でカオマンガイが提供されていますが、個人的には、他の様々な料理を出しながらカオマンガイも美味しく提供するのは非常に難しいと思っています。カオマンガイを出すなら、カオマンガイ専門店のように、それ一本で勝負すべきだと考えているんです。
ケージー: なるほど。「本物」を追求するからこそのこだわりなのですね。では、LaLa Chaiのメニューはどのように開発されているのでしょうか?タイでの修行経験がないとお伺いしましたが。
中山さん: ええ、タイで料理の修行はしていません。私のメニュー開発の原点は、バックパッカー時代にタイで食べた「思い出の味」を再現することです。例えば、タイで食べた料理に玉ねぎが入っているのを見て、それをヒントにネットやYouTubeで調べ、何度も試作を繰り返して、自分が「美味しい」と思える味、そして思い出の味に近づけていくんです。誰かに合わせるのではなく、自分が心から美味しいと思ったものを表現しています。
ケージー: まさに中山さんの感性と情熱が詰まったメニューなのですね!タイ料理の経験がない方でも、再現できるのはすごいことです。
中山さん: ありがとうございます。タイ料理は、見たこともないような調味料が出てくることもありますし、食べただけでは何が入っているか分からないことも多いです。でも、そうやって試行錯誤を重ねて、自分が美味しいと思える味にたどり着くのが楽しいんです。お客様からも「懐かしい味がする」「タイで食べた味に似ている」と言われることがあり、それがとても嬉しいですね。LaLa Chaiの料理は、日本人向けにアレンジした味でも、タイ人向けにした味でもなく、ただ私が「美味しい」と思った、タイで食べた「あの味」を再現しているだけなんです。
タイ料理業界に「新たな概念」を:LaLa Chaiが描く食文化の未来
ケージー: 中山さんのタイ料理に対するこだわりと情熱は、LaLa Chaiのメニューから強く感じられます。今後のタイ料理業界全体について、どのような展望をお持ちですか?
中山さん: 私がこのLaLa Chaiを通じて一番やりたいのは、タイ料理の「概念」を良くも悪くも一度壊し、新しい提案をすることです。日本のタイ料理業界には、長年変わらない定番メニューや提供スタイルが多いと感じています。例えば、「ガパオやグリーンカレーがメインで、それ以外はあまり知られていない」という現状を変えたい。もっと違う角度からタイ料理の魅力を伝え、「こんなタイ料理もあるんだ!」という新たな選択肢を提示したいんです。
ケージー: 既存の枠にとらわれず、タイ料理の多様な可能性を広げていきたいと。具体的には、どのように「新たな概念」を提示していくのでしょうか?
中山さん: まずは、お客様が気軽にタイ料理に触れられる「入りやすさ」を追求することです。老舗や高級店、あるいは屋台のような雰囲気のお店もそれぞれ素晴らしいですが、LaLa Chaiでは誰もが日常的に立ち寄れるカジュアルな空間を提供しています。そこに、クラフトビールという新しい要素を組み合わせることで、タイ料理の楽しみ方を広げています。クラフトビールは種類が豊富で、料理とのペアリングの可能性も無限大ですから、これらを活用して新しい食体験を提案していきたいですね。
ケージー: 中山さん、本日は貴重なお話をありがとうございました。最後に、LaLa Chaiをいつも応援してくださっているファンの皆様へ、メッセージをお願いいたします。
中山さん: いつもLaLa Chaiにご来店いただき、本当にありがとうございます。私自身、お店をオープンしたのがコロナ禍と重なり、決して順風満帆なスタートではありませんでした。お客様がお店に足を運んでくださること、その一つ一つが私たちの支えとなり、ここまで続けてこられました。お客様には感謝しかありません。これからも、皆様に新しいタイ料理の楽しみ方や、居心地の良い時間を提供できるよう、スタッフ一同、日々精進してまいります。末永く、LaLa Chaiをどうぞよろしくお願いいたします!