タイ料理専門の輸入・製造・販売を手掛ける株式会社アライドコーポレーション。その商品はスーパーやコンビニ、大手外食チェーンなど、私たちの身近な場所でタイ料理の魅力を伝えている。まさに、日本のタイ料理業界を牽引するリーディングカンパニーだ。
今回お話を伺ったのは、代表取締役社長の氏家勇祐さん。33歳という若さで社長に就任して以来、独自の哲学で会社を率いてきた。
「タイ料理が1番おいしいとは安易に言いたくない」
業界のトップランナーから飛び出したこの衝撃的な一言。その真意は、単なる優劣論ではなく、タイ料理が日本で置かれている『現在地』と『未来』への鋭い問いかけでした。
本記事では、人口減少という喫緊の課題に対し、食文化を通じてどう向き合うべきか。タイ料理の発展に人生を懸ける氏家氏が、未来の担い手である私たちに投げかける本質的なメッセージに迫ります。
「フルシチョフの気分だった」—先代を否定し、自分の世界を創る経営哲学

ケージー: 本日はよろしくお願いします。氏家社長は大学卒業後、タイに1年留学されてからアライドコーポレーションに入社されたんですよね。
氏家さん: そうです。25歳で入社して、正式に社長になったのが2004年、33歳の時でしたね。
ケージー: 先代が築き上げてこられた会社を継がれるにあたって、どのような経営哲学をお持ちだったのでしょうか。
氏家さん: 一言で言うと、「フルシチョフの気分」でした。
ケージー: フルシチョフというと、ソ連の……スターリン批判をした人物ですよね。
氏家さん: そうです。彼はソ連をまとめるために、先代であるスターリンを批判した。つまり、先代がやったことは先代がやったこと。時代に合わなければ、自分の世界を作ればいい。親が子どもに「自分を崇拝しろ」なんて望むはずはないだろうし、そういう教育を受けてきましたから。

ケージー: なるほど……!では、その哲学を具体的にどのように事業に反映させていったのでしょうか?
氏家さん: 僕が社長になった2000年代初頭は、まだタイ料理が今ほど普及していませんでした。だからまず、「誰に対して普及させるか」を考え、普及させながら「タイ料理の“位置”」を決めていきました。
ケージー: 「位置」ですか?
氏家さん: タイ料理は子どもの頃から食べていて親しみもあるし、好きな料理です。しかし、タイ料理が好きだからといって、「タイ料理が世界で1番おいしい」なんて言いたくなかった。僕はタイ料理が仕事になる前から色々な国の食に興味があったから、世界で1番がタイ料理だとは思えなかったんです。
ケージー: 他の国の料理も知っているからこそ、客観的に見ていたと。
氏家さん: そうです。タイ料理を愛しているからこそ、「タイ料理が1番おいしい」なんて簡単に言えません。それは、自分の息子が世界で1番頭が良くて何でもできる、と願望だけの嘘を伝えることと同じなんじゃないだろうかと。僕はずっと、タイ料理はどの”位置”なのか、そのことだけを考えていました。
目指すは“5番目”。日本市場におけるタイ料理の最適なポジションとは

ケージー: タイ料理の「立ち位置」を決める、というお話がありましたが、具体的にはどういうことでしょうか?
氏家さん: 女性が好きな料理を5つ挙げたら、その5番目でいいと思ったんです。
ケージー: 5番目ですか。1番を目指すのではないんですね。
氏家さん: 和食よりおいしいなんて、それはビジネスをする人間の感覚じゃない。2000年以上の歴史があるイタリア料理より下だと思うことだって、個人の好みはあれど、文化や歴史を考えれば当然のことです。料理は文化と歴史そのものですから。職人たちが「おいしいものを作ろう」と努力を重ね、日本の食文化として定着させてきたその歴史には、まだ追いつきません。
ケージー: たしかに、中華料理なども含め、長い歴史の中で磨かれてきた文化がありますね。
氏家さん: その歴史の長さを分かった上で、タイ料理がまずどの位置にいて、どうすれば人々に好きになってもらえるかを考えました。
ケージー: 毎日食べるわけではない、という側面もありますよね。
氏家さん: そう。特別な日に高い値段で食べるものでもない。でも、日常の多様な選択肢の中でタイ料理が非常に人気があること、それ自体がタイ料理の1番の魅力であり、すごさだと考えています。ただただ“絶品”と短絡的に言い切ってしまう昨今には、違和感を覚えているのも事実です。

ケージー: 絶品は存在しない。すごく衝撃的な言葉です。
氏家さん: でも、何を食べても必ず70点を取ってくるのがタイ料理なんです。おいしさの観点をそこに見ないと、タイ料理は語れない。例えば、日本には比内地鶏や名古屋コーチンといったブランド鶏があるけれど、タイには日本ほどブランド鶏を選ぶ文化は定着していません。どんな鶏肉でもガイヤーンがおいしくなるのは、突き詰めれば、調理方法や調味料が優れているという事なんです。「ガイヤーンがおいしい」というのは、突き詰めれば「調味料がおいしい」と言っているに過ぎないんです。
ケージー: 素材そのもので勝負しているわけではない、と。
氏家さん: 本当に素材がおいしかったら、タレに漬け込む必要はないですよね。つまり、素材の良さを活かすのか、調理方法や調味料で工夫をするのか、すべてにおいて完璧をもとめるのではなく、またそれは中々存在しえないものです。料理には、その特徴が1番心地いい場所があるはずなんです。だから僕たちは、好きな料理を5つ挙げたときに、5番目に入れば勝ちだと思ってやってきました。
J2からJ1へ。大手企業との協業で築く、タイ料理の未来への道筋

ケージー: 「5番目に入る」という立ち位置を確立するために、具体的にどのような戦略を取られてきたのでしょうか?
氏家さん: タイ料理のプライドのために、どんな企業でも採用できるような体制を整えました。
ケージー: どんな企業でも、ですか?
氏家さん: 例えば、レストランではなくてコンビニ、スーパーマーケット、ディスカウントストア、外食チェーン店、お弁当店、キッチンカーなど、どんな業態でもです。お客様が「タイ料理をやりたい」と言った時に、日本の厳しい基準で堂々と戦えるだけの知識と体制を整えれば、タイ料理にとってそれは“出世のチャンス”じゃないですか。
ケージー: なるほど!それが氏家さんの「タイ料理愛」なんですね。
氏家さん: そう。みんながタイ料理を食べる機会が増え、どんどんポジションを上げるためには、そういうことをしなきゃいけない。例えば、企業様のOEM開発の場合、原料供給、味の監修だけではなく、伝統的な作り方をいかにして工場のラインに落としこめるか等のアドバイスをすることもあります。

ケージー: そこまで深く関わられているんですね。
氏家さん: これを頂点ではなく、タイ料理の「入り口」にすればいい。みんなが当たり前に食べるもの、選択肢の1つとして手に取る食事のレベルをしっかり担保する。それが、タイ料理が将来的にJ2からJ1に上がるための道だと信じています。
ケージー: まず裾野を広げて、業界全体のレベルアップにつなげていく、と。
氏家さん: その通りです。
業界を甘やかさない。氏家社長が考える「タイ料理愛」

ケージー: タイ料理業界全体のレベルアップ、というお話がありましたが、現状の課題はどこにあるとお考えですか?
氏家さん: タイ料理には専門学校がほとんどなく、料理人が体系的に学ぶ機会が非常に少ない。現地に行ってちょっと食べて勉強してきた、なんていうのはただの遠足ですよ。教えられていない人は、人に教えることはできませんから。
ケージー: たしかに、イタリアンやフレンチのように、料理人が修行に行くという文化はあまり聞きませんね。
氏家さん: それはタイがまだ発展途上国で、料理人が社会的地位や収入を得にくい職業だからです。先進国と比べるのは難しい。でも、だからといってタイ料理を甘やかしてはいけないんです。中華料理と戦えるような位置まで持っていくには、生半可なことでは無理ですよ。
ケージー: 厳しいご意見ですが、それも「愛」ゆえですね。
氏家さん: もちろん。僕の目標や理想はありますが、こうあるべきだというのを貫かないと、業界が潰れてしまうかもしれない。僕たち業者がいて、商品を買ってもらっている立場ではあるけれど、間違っていることに対しては声を上げ続けないといけないんです。
ケージー: 例えば、どういったことでしょうか?
氏家さん: 以前、とあるタイ料理店でマッサマンカレーを食べたら、じゃがいもに男爵いもを使っていたんです。タイで使われるのは煮崩れしにくいメークイン系のいも。男爵いもだと煮込むと溶けてドロドロになってしまう。それは、料理の基準ができていない証拠です。
ケージー: 基本的な知識が共有されていない、と。
氏家さん: その通りです。根本的な料理のことが分かっていないと、意見を言うことすらできません。僕たちは、日本人の繊細さとタイ料理が合体すれば、本場タイを超えられるものができると信じています。現に、日本の中華料理やイタリア料理は世界レベルです。タイ料理だって、そうなれるはずなんです。
人と食の交流が未来を創る—人口減少時代に日本と東南アジアはどう向き合うべきか

ケージー: 今後の日本の人口減少は、飲食業界全体にとって大きな課題だと思います。その中で、タイ料理、ひいては日本と東南アジアの関係性はどうあるべきだとお考えですか?
氏家さん: 僕の個人的な目標は、100年後の大河ドラマの主役になることなんです。日本とタイの架け橋になった人物としてね。
ケージー: 壮大な目標ですね!
氏家さん: そこから逆算して、例えば2037年の日タイ修好150周年には、両国がどんな関係であることが望ましいかを考えます。1番大事なのは、ITの世界になろうとも、人が移動すること。その人の流動性を高めるチャンスを作ることが、大義だと考えています。
ケージー: 人の行き来がなければ、文化も食も発展しない。ということですか?
氏家さん: その通りです。僕はたまたまタイ料理から入りましたが、今後はメディア事業を通じて、日本とタイのBtoB、BtoCをつなげる仕事をしていきます。日本の良いものをどんどん海外に出すことで日本を知ってもらい、日本に来てもらう。それが僕の人生最後の仕事だと思っています。
ケージー: すでにフルーツの輸出も手掛けられていますよね。
氏家さん: はい。2015年に「日本のフルーツを輸出しないか」と声をかけられたのがきっかけです。タイのデパートでイチゴが1パック3,500円、柿が1個800円で売られているのを見て、これはいける、と。
ケージー: すごい値段ですね。
氏家さん: 日本の農家さんがヒーローで、僕らはただ運んだだけ。でも、タイ料理で培ったノウハウがあったから、他の商品でも展開できると思ったんです。今では7カ国に輸出しています。このプラットフォームを使って、日本の素晴らしい商品を、現地の人が簡単に手に入れられるチャンスを広げていきたいですね。
現地を超えろ。日本独自のタイ料理文化が、新たな未来を描き出す

ケージー: 最後に、これからのタイ料理業界を担う人々へメッセージをお願いします。
氏家さん: 僕の最大の希望は、誰かが「現地を超える」ことができる、日本人に合ったタイ料理を作ってくれることです。そうなれば、ファンはもっと増えるはず。本格派の店と、日本独自の進化した店、その両方が共存できる未来が理想ですね。
ケージー: そのためには、僕のような情報発信する側も変わっていかなければいけないと感じました。
氏家さん: ケージー君は次世代のタイ料理を支える大事なインフルエンサーだから、ぜひ頑張ってほしい。ただ褒めるだけじゃなくて、時には愛のある批判も必要です。そのためには、タイ料理の歴史や食材について、オタクになるくらい勉強しなきゃいけないと思ってます。
ケージー: 知識がなければ、何も伝えられないですもんね。
氏家さん: そう。ナンプラー1つとっても、1番搾りから3番搾りまである。どのココナッツミルクがカレーに向いているか。なぜこの店は冷凍のガパオを使うのか。そういう知識を持った上で、自分なりの視点を持つ。そういう観点でタイ料理に関する情報を正しく発信できれば、タイ料理の立ち位置もきっと変わります。
ケージー: 非常に身が引き締まる思いです。僕のポジションを確立できるよう、今日から勉強し直します。
氏家さん: タイ料理のベストな位置を決める。それは難しいけれど、僕がずっと中心に置いてきたことです。ラーメンにクイッティオは勝てないかもしれない。でも、タイ料理の良さを少しずつ知ってもらうことはできる。そのためには、まず僕たちがタイ料理の良さを深く理解し、正確に伝える努力を続けるしかないと強く思います。
ケージー: 本日は、本当に貴重なお話をありがとうございました。
氏家さん:こちらこそありがとうございました!
