株式会社池光エンタープライズは、タイの国民的ビール「シンハー」や「チャーン」、スピリッツ「メコン」など、アジアを代表する酒類を日本に届けてきた立役者です。
現在も営業部長として第一線でご活躍されている郷さんは、1995年のご入社以来、30年にわたって「世界の美味しい酒」を日本の食卓や飲食店に届けてこられました。
現地の流通事情や政情不安、広告規制といった数々の壁に直面しながらも、タイフェスティバルなどのイベントを通じてブランドを育て、「タイ料理に欠かせない一杯」として広く知られる存在へと導いてこられました。
今回は、株式会社池光エンタープライズ・営業部長である郷さんご本人にお話を伺いました。日本におけるタイ料理文化の広がりと共に歩んでこられた30年の軌跡を振り返るとともに、ビール、スピリッツ、そしてワインへと広がる「タイの酒文化」の現在地と今後の展望について、たっぷりと語っていただきました。
「最初はビールだけが好きだった」―95年、池光エンタープライズへ

ケージー:今日はお時間いただきありがとうございます!早速ですが、郷さんが池光エンタープライズに入社されたのはいつ頃なんですか?
郷さん:1995年ですね。今年でちょうど30年になります。当時、同期で入ったのが岸田(現:代表取締役社長)で、彼は8月、僕は5月入社でした。
ケージー:おお、それは長いキャリアですね。入社当時って、タイ料理やタイビールってどんな存在だったんですか?
郷さん:その頃の日本では、タイ料理ってまだすごくニッチな存在でしたよ。タイレストランは全国でも数百店舗あるかないか。タイビールと言えばシンハーしかなくて、僕たちもそれ一本でやってました。
ケージー:今では考えられないですね!ちなみに、郷さん自身はタイ料理が大好きでこの業界に?

郷さん:いや、実は最初、タイ料理が全然ダメだったんですよ(笑)「なんで俺この業界入ったんだろう」って思ってたくらいで。でも、ビールは好きだったんで、「まあいいか」って(笑)
ケージー:それは意外です(笑)じゃあ、ビールへの興味から入って、徐々に文化や料理にも惹かれていった感じですか?
郷さん:そうですね。現地での体験や、お店の方たちとの関わりの中で、どんどん面白くなっていきました。最初は本当にビールしか興味なかったんですけど、気づいたらどっぷりタイにハマってましたね。
“イベントと共に広がった”タイ料理とビール文化

ケージー:入社されてからの5年間は、どんな活動をされていたんですか?
郷さん:元々は海外仕入れの方のポジションで入社しました。当時の、営業の先輩方はレストラン営業とイベントサポートが中心だったと思います。当時はバンタイさん、バンコクさん、有楽町のチェンマイさんなど、老舗のタイレストランを中心に。
ケージー:その頃はタイ料理がまだまだ知られていなかったですよね?
郷さん:全然でしたね。でも、2000年に「タイフェスティバル(当時はタイフードフェスティバル)」が始まったんですよ。最初は代々木公園でやって、7万人くらいの来場者でした。
ケージー:今じゃ30万人を超える一大イベントですもんね!当時はどんな雰囲気だったんですか?
郷さん:海のものとも山のものともわからない感じでした(笑)でも翌年には19万人。そこから爆発的に人気が広がっていって、タイ料理やタイビールもぐっと身近になっていった感じです。

ケージー:そのあたりから「エスニックブーム」も加速しましたよね。
郷さん:そうですね。第一次ブームは80年代後半くらいで、1990年代中盤あたりが第二次ブーム。CMで長瀬智也さんとかが起用されて、タイのイメージも一気に良くなって。
ケージー:なるほど。イベントの力って本当にすごいですよね。
郷さん:本当にそう思います。あとはバックパッカー文化の影響も大きいですね。ニッチだったタイ好きが少しずつ表に出てくるようになった時代でした。
“あの頃”のシンハー―圧倒的シェアと文化の浸透

ケージー:当時のタイビール市場って、シンハーが圧倒的だったんですよね?
郷さん:そうなんです。1990年代半ばのタイでは、シンハーが95%以上のマーケットシェアを占めていた時代がありました。まさに国民的ビール。だから日本のタイレストランにも当然のようにシンハーが入っていましたね。
ケージー:まだレオやチャーンが出てくる前ですよね?
郷さん:ええ。チャーンがタイで登場するのは1992年、日本に輸入されたのが1995年からでしたので。当時のシンハーは、今よりアルコール度数が高くて、味も濃かった。現地では氷を入れて飲む文化があるから、濃いめの味付けでもバランスが取れてたんです。

ケージー:シンハーって、タイのビール文化の象徴みたいな存在ですね。
郷さん:そうですね。シンハーのメーカーは一族経営で、世代を超えてブランドを育ててきた。そのスピリットに共感して、我々もずっと一緒にやってきました。創業当初からの関係性があるので、60周年、70周年といった節目も一緒に祝ってきたんですよ。
ケージー:なるほど…。それって、単なる輸入販売じゃなくて、まさに“文化を伝える”仕事ですね。
郷さん:そう思っています。お客様がシンハーを飲みながら「これ美味しいね」と言ってくれる瞬間が、一番うれしいんですよ。
「チャーン」へとつながるブランドの世代交代

ケージー:タイビールといえば、かつては「シンハー一強」の時代があったと思うのですが、そこから「チャーン」への切り替えというのはどういう経緯だったんですか?
郷さん:そうですね、もともとはシンハー一本でやってきました。池光エンタープライズの創業者が1980年代にタイへ渡り、そこでシンハーと出会ったことが始まりです。当時、日本にタイレストランは数えるほどしかなくて、まさにゼロからのスタートでした。
ケージー:そこからタイ料理店の増加とともに、シンハーも広まっていったと。
郷さん:はい、でもやはり時代は変わっていきます。現地タイではシンハーのシェアが少しずつ落ち、代わりにチャーンやLEO(レオ)の勢いが増してきたんです。現地の若い世代はチャーンを選ぶことが増えていた。日本でもその兆しが見えてきていたので、「これは流れを掴まないと」と感じていました。
ケージー:ブランドって、どこかで“世代交代”が来ますもんね。
郷さん:まさにそれです。そこから2018年にシンハーとの契約が終了し、2019年からチャーンの取り扱いを本格的に開始しました。

ケージー:チャーンビールは今ではすっかり「タイフェスの顔」になってますよね。
郷さん:ありがたいことに、タイフェスでの反応も上々です。若い方を中心に「ゾウのマーク、かわいい!」って言ってくれるし、クラブイベントや音楽フェスでもチャーンのロゴが映えるんですよ。そういう意味でも、シンハーからチャーンへのバトンは、すごく自然な流れだったと思います。
ケージー:チャーンが持つストリート感やポップさが、今の空気に合ってるんですね。
郷さん:そうですね。もちろん、シンハーも素晴らしいブランドです。でも、時代の感覚にフィットする“次の一手”を見極めるのも僕たちの役目だと思っています。
タイビールとサッカー、音楽の深い関係

ケージー:チャーンの話で印象的だったのが、音楽やスポーツとの結びつきです。すごくカルチャーに寄り添っている印象があります。
郷さん:そうなんですよ。チャーンの強みは、まさにその“カルチャーとの相性の良さ”なんです。現地タイでは、音楽イベントやクラブ、ストリートカルチャーの中で自然と根付いてきたブランドで。若い人たちにとっては「楽しい時間=チャーン」というイメージがあると思います。
ケージー:日本でもそういった文脈で展開されてきたんですか?
郷さん:はい。僕たちはもともと、シンハーの時代からクラブや音楽フェス、夜のイベントによく顔を出していました。そういった現場でブランドの存在感を育てるのが、池光流のやり方なんです。「なんだか楽しかったな」の記憶に、ビールの味やロゴが結びついて残る。それが一番強いと思っていて。
ケージー:ブランドの“記憶装置”としての役割ですね。
郷さん:まさにそうです。それで言うと、チャーンが持っていた「ゾウのロゴ」とか「緑のカラー」って、すごく視認性が高いじゃないですか。イベントの写真に写っててもすぐ分かるし、SNS時代にも合ってる。自然と「かっこいい」「飲んでみたい」と思わせてくれるんですよね。
ケージー:タイビールって、実はサッカーとの関係も深いんですよね?

郷さん:深いです。シンハーもチャーンも、過去にマンチェスター・ユナイテッドやFCバルセロナのスポンサーになってたことがあるんですよ。スタジアム視察に行った社員が、現地のスタッフと話す中で「このビールはサポーターに人気なんだ」って言われて、やっぱり“世界戦”を見据えた展開をしてるんだなと感じました。
ケージー:すごい。サッカー、音楽、イベント… まさに「カルチャービール」ですね。
郷さん:タイビールって、単なる酒じゃないんですよ。音楽を聴きながら、仲間と語りながら、その場の空気ごと楽しむ。そんな存在になれるように、僕たちもそのストーリーを伝えていきたいと思っています。
日本のビール文化の変遷と再評価の兆し

ケージー:日本のビール事情って、タイとはまた違う流れがあったんですよね?
郷さん:そうですね。日本では90年代〜2000年代前半にかけて、ビール離れが加速していきました。その背景には、やはり価格の問題と、酒税の影響があります。いわゆる「第三のビール」や「発泡酒」が登場したのもその時期。とにかく安く飲めるものが求められていた時代です。
ケージー:確かに、スーパーの棚にはずらっと発泡酒が並んでいた記憶があります。
郷さん:まさにそうです。でも、その流れの中で“本物のビール”の魅力が一度忘れられてしまったように感じます。でも最近、ようやくそこに変化の兆しが出てきている。クラフトビールが盛り上がってきたのもそうですし、「やっぱりちゃんと美味しいビールが飲みたい」という声も増えてきました。
ケージー:つまり、“再評価の時代”が来てるんですね。
郷さん:そう思います。実際、以前は「苦いからビールはちょっと…」という若い層や女性の間でも、「このビールは飲みやすい」「食事に合う」という声をもらうようになりました。ビールって本来、すごく奥深いものなんですよ。苦味、香り、炭酸の強さ、温度……ちょっとした違いが全体の印象を変える。だから、タイビールのように「料理と一緒に楽しむ」文化って、これからもっと受け入れられると思います。
ケージー:なるほど。「ビール=おじさんの飲み物」じゃない時代になってきたんですね。
郷さん:はい。そして今、日本の大手ビールメーカーも「主力商品としてのビール」に改めて力を入れ始めている。政府も酒税を一本化していく方針を打ち出しているので、今後は「質で選ばれるビール」が増えていくと思います。僕らが扱う輸入ビールも、その流れに乗っていけるようにしていきたいですね。
「タイ料理に合う一杯」を届け続けて

ケージー:郷さんはこれまでずっと「タイ料理に合うお酒」を届けてこられたと思うんですが、その中で一番大事にされてきたことって何ですか?
郷さん:一番は「その国の食文化に合うものを届ける」ということですね。例えば、タイ料理って香りも味もすごく個性的じゃないですか。辛さも酸っぱさもある。そういう料理に合うビールやお酒って、単に「美味しい」だけじゃなくて、「料理と一緒に飲んで映える」ものじゃないといけない。
ケージー:確かに、単体で美味しいビールと、料理と合わせて美味しいビールって、ちょっと違いますよね。
郷さん:そうなんですよ。たとえばシンハーは、麦の味がしっかりしていて、氷を入れても風味が崩れない。チャーンはフルーティーさと軽快さがあって、タイ料理のスパイス感と相性が良い。メコンも、辛さや香りの強い料理の後に飲むと、すっと口の中をリセットしてくれる。そういう“組み合わせの妙”を意識してやってきました。

ケージー:「この料理にはこの一杯」っていうのが自然に染みついてる感じですね。
郷さん:そうですね。飲食店の方々にもよくお話しするのが、「料理を主役にするための名脇役としてのお酒」って考え方。僕たちがやってきたのは、そういう“食卓のペアリング”を、日本に伝える仕事だったと思ってます。
ケージー:それを30年近く、ずっとやってこられたのがすごいです。
郷さん:ありがたいことに、現場で飲んで「このビール、料理にすごく合いますね」って言ってもらえる瞬間が、今でもいちばん嬉しいです。これからも、そういう“合う一杯”を、丁寧に届けていきたいと思っています。
池光エンタープライズが描くこれからの展望

ケージー:ここまで振り返ってみて、やっぱり郷さんたちが築いてきた歴史ってすごく大きいなと感じました。では今後、池光エンタープライズとしてどんな展開を考えていらっしゃるんでしょうか?
郷さん:これからは“タイ料理に合うお酒”だけじゃなくて、“アジア全体の酒文化”を伝える役割を担っていきたいと思っているんです。タイはもちろん、ベトナムのバーバーバー、インドネシアのビンタン、中国のチンタオなど、各国の食と酒がセットになって日本で楽しめる時代になってきています。
ケージー:たしかに、アジア料理を出すお店もすごく増えましたよね。ビールもそれに合わせてバリエーションが求められてる感じがします。
郷さん:そうなんです。だから今は、ビールだけじゃなく、スピリッツやワインまで取り扱うようになってきました。タイのラム「メコン」や「プラヤ」、そして近年注目されているタイワイン「グランモンテ」なんかも、じわじわと日本でも支持が広がってきているんですよ。
ケージー:グランモンテ、実際に飲みましたけど、しっかり美味しかったです。暑いタイでつくってるとは思えない繊細さがありました。

郷さん:そう言っていただけると嬉しいですね。タイでは気候的に1年に2回ぶどうが収穫できる“ダブルハーベスト”が可能で、葡萄の成長も早く、それが逆に高品質なワインを生むきっかけにもなってる。これからは、そういったストーリー性のある酒類を、日本でどう伝えていくかがカギだと思っています。
ケージー:なるほど。今後のビジョンって、“商品を売る”から“文化を伝える”って方向にさらにシフトしていくんですね。
郷さん:まさにその通りです。商品ひとつひとつの背景にある“土地”や“人”、“歴史”を含めて届ける。それが池光エンタープライズの次のチャレンジですね。
メコン、グランモンテ……まだ知られざる“次の一杯”へ

ケージー:最後に、“これから注目してほしいお酒”があればぜひ教えてください!
郷さん:そうですね、やっぱり「メコン」と「グランモンテ」は今後もっと広めていきたいお酒ですね。どちらも日本ではまだまだ知られていないけれど、しっかり魅力のある一杯なんです。
ケージー:メコン、個人的にも家で飲んでます。あのまろやかさ、クセになります。
郷さん:ありがとうございます(笑)メコンはラムに近いスピリッツなんですが、40種類のスパイスとハーブを使っていて、どんな料理にも寄り添ってくれる柔らかさがあるんです。現地では「メコンハイボール」が定番ですが、日本ではレモンやオレンジを入れてアレンジしてもすごく合うんですよ。
ケージー:エスニック料理に限らず、ちょっとした家飲みにもぴったりですね。
郷さん:まさにそう。ハイボール文化が根付いてきた今だからこそ、あえて“タイのハイボール”を提案したい。そして「グランモンテ」のようなタイワインも、もう“タイでワイン?”なんて時代じゃない。ぶどうの収穫が年2回できるという気候的メリットもあるし、品質もどんどん向上しています。
ケージー:タイ料理にグランモンテ、ちょっとリッチなペアリング体験ですね。
郷さん:そうそう。今は「チャーン」や「シンハー」のように定番になったビールの次に、“ちょっと試してみたい一杯”が求められる時代だと思っていて。そこにメコンやグランモンテのような、“物語を持ったお酒”を提案していきたいですね。
ケージー:今日は本当にありがとうございました。最後に、池光エンタープライズとしてのメッセージがあれば、お願いします!
郷さん:タイ料理をはじめとしたアジアの食文化は、すでに日本に深く根付いてきています。そんな料理とともに楽しめる“現地のお酒”を、もっと多くの人に知ってもらいたい。そしてその背景にある文化や歴史ごと、味わっていただけたら嬉しいです!