五反田の雑居ビル4階、ちょっと不思議であったかい空間にあるアジアン居酒屋「たのんまぁ」。その店主・しょうたさんは、タイ料理店オーナーとしての経験だけでなく、五反田という街そのものと深く結びついたユニークな背景を持つ人物です。
このインタビューでは、しょうたさんのタイ料理やベトナム料理との縁、そして“たのんまぁ”という名前に込めた思いまで、たっぷりとお話を伺いました。
「楽しんでほしいから“たのんまぁ”って名前にしたんです」その言葉の裏にある“しょうたさん流の哲学”を紐解いていきます。
お母さんの麻雀店の下から始まった——五反田育ちの少年が見た街の変化

ケージー:しょうたさん、今日はよろしくお願いします!まずはしょうたさんのルーツから伺いたいんですけど、五反田が地元なんですよね?
しょうたさん:はい、生まれも育ちも五反田です。母が麻雀屋をやってて、今年で28年目になるんですけど、僕はそのお店の下でいろんな仕事を手伝っていました。
ケージー:お母様が28年もお店やってるってすごいですね!しょうたさんご自身も、昔から五反田にずっと?
しょうたさん:そうですね。バイトも基本五反田ばかりでしたし、街の常連さんとか先輩たちから、五反田の“面白さ”をいっぱい教えてもらって育ちました。
ケージー:五反田って、山手線の中でもちょっと独特な空気感がありますよね。

しょうたさん:ありますね。高級住宅街もあれば、ディープな飲み屋街もあって、しかも風俗街も混在してて(笑)最近はドンキができて、高校生も歩くようになって、街全体がちょっとずつ“明るく”なってきた感じがあります。
ケージー:昔はかなりアングラだったんですか?
しょうたさん:そうですね、20年くらい前は学生なんて歩いてなかったですよ。本当におじさんしかいない街(笑)でも今は雑居ビルに個人の小さな飲食店がどんどん入って、バルみたいな店もできてて、新陳代謝が進んでます。
ケージー:なるほど、その中でも“しょうたさんならでは”の五反田との付き合い方がある気がします。
しょうたさん:五反田って、“何もない”からこそ、何かを作れる余白がある街だと思ってて。住んで37年、やっぱりこの街に恩返ししたい気持ちはずっとあります。
和食・焼き鳥・ベトナム料理—偶然から始まった飲食キャリア

ケージー:しょうたさんって、ずっと飲食に関わってきたイメージがありますけど、最初にやってたお仕事ってどんな感じだったんですか?
しょうたさん:もともとは母のお店の手伝いをしながら、飲食店を点々としてましたね。最初にちゃんと働いたのは、五反田西口の和食屋さん。そこで1年ちょっとくらい修行させてもらってました。
ケージー:和食がスタートだったんですね!
しょうたさん:そうなんです。で、そのすぐ近くに「もつ焼きばん」っていうお店があって、オープニングスタッフとして入りました。さらに、その上の階にはミシュラン獲得した焼き鳥屋さんがあって、そこもちょこっとだけお手伝いしたり。

ケージー:すごい、五反田のビルの中だけでかなり経験積んでますね!
しょうたさん:ほんと“縦の移動”だけでいろんな経験ができました(笑)そのさらに上にあったのがベトナム料理屋さんで、ある時スタッフがゼロになってしまって、「手伝ってあげて」って声かけられたのがきっかけで、気づけば2年半くらいベトナム料理に関わるようになったんです。
ケージー:それがエスニックとの出会いだったわけですね。
しょうたさん:そうです。まさか自分がエスニック料理に携わるなんて、最初は思ってもいなかったです。でも、手伝っていく中で「料理って面白いな」って感じるようになって。タイ料理のお店で7年働いてた子と知り合ったのも、この頃ですね。
ケージー:それが後の「たのんまぁ」につながる、と。
しょうたさん:はい。ベトナム料理も少し分かるし、相手はタイ料理の経験が長いし、「この組み合わせだったらちょうどいいね」って。ちょうどコロナ禍に今のテナントが空いて、「やってみる?」って聞いたら「やりたい」って。じゃあやろうか、って感じで始まったのが「たのんまぁ」なんです。
ケージー:めちゃくちゃ“流れ”が自然ですね。
しょうたさん:そうなんですよ。特に「飲食やろう!」って決意したわけじゃなくて、いつの間にかやってた、っていう感覚が強いです。
コロナ禍の開業と、“4階の隠れ家”に灯る明かり

ケージー:2021年のオープンって、まさにコロナ真っ只中でしたよね。不安はなかったですか?
しょうたさん:めちゃくちゃ不安でしたよ(笑)でも逆に、周りのお店が閉まってる中でうちは営業してたので、半年以上はずっと満席が続いてました。
ケージー:すごい!それって、かなり異例ですよね。
しょうたさん:ありがたいことにね。ランチ営業は当初やってなかったんですが、夜にお酒が飲める場所として、隠れ家っぽい立地も相まって、思った以上に反応が良くて。
ケージー:確かに、雑居ビルの4階ってかなりディープですもんね(笑)
しょうたさん:そうなんですよ。でも、意外と女性のお客さんも一人で入ってきてくれたりして。見た目は怪しいけど、入ってみたら「なんだ、普通のお店だ!」って安心してもらえるみたいです。

ケージー:ギャップ萌えですね(笑)SNSなどでの発信もやっぱり意識されてましたか?
しょうたさん:かなり意識してました。やっぱり場所が場所なんで、見えない分、発信して“入口”を開いておかないと誰にも届かないですからね。
ケージー:実際、SNSから来てくれるお客さんも多いんですか?
しょうたさん:はい、多いです。「インスタ見てきました」って方が多くて。だから、写真や動画もちゃんと“たのんまぁっぽさ”が伝わるように意識して撮ってます。
ケージー:飲食店にとって“世界観の発信”って、いま本当に大事になってきてますよね。
しょうたさん:そう思います。うちは内装も料理も、全部がちょっとずつ“他にない感じ”にしてるので、その空気感がちゃんと伝わるようにしたいと思ってます。
“創作アジア料理”のルーツと、キッチンでの信頼関係

ケージー:料理の話にちょっと戻りたいんですが、たのんまぁさんの料理って、どれも独特で「創作アジア料理」って呼ぶのがしっくりくる印象です。これはやっぱり狙ってるんですか?
しょうたさん:うーん、狙ってるというより「自分たちが美味しいと思うものを作ってたらこうなった」って感じですね(笑)もともと僕自身は、純粋なタイ料理のバックグラウンドがあるわけじゃなくて。
ケージー:なるほど。じゃあ、最初から“タイ料理のお店をやりたい”ってわけではなかった?
しょうたさん:そうですね。最初はベトナム料理から始まって、そのあとたまたま出会ったタイ料理歴7年の料理人の子と一緒にやることになったんです。彼の提案があって「じゃあタイ料理やろうか」って。

ケージー:その料理人の方とは、どういう関係性だったんですか?
しょうたさん:出会ってすぐ、「一緒に住もうか」って言って、オープン前から約9ヶ月一緒に暮らしてました(笑)それくらい、メニューの相談とか、値付けとか、細かいことまでじっくり話し合って決めたんです。
ケージー:すごい!それってなかなかできることじゃないですよね。
しょうたさん:正直、彼が作る料理を食べたことないまま「この子なら大丈夫」って決めたところもあります。でも、そこに信頼があったし、実際にその感覚は間違ってなかったです。
ケージー:まさに“キッチンでの信頼関係”ですね。お互いの強みを理解しながら料理を作り上げていく感じが、料理に表れている気がします。
しょうたさん:そうだと嬉しいですね。料理って、レシピ以上に「誰とどう作るか」が味を決めると思うんです。
「雀卓テーブルとレモングラス」——たのんまぁがつくる“家みたいな空間”

ケージー:初めてたのんまぁに来たとき、まず驚いたのがテーブルが雀卓(マージャン卓)だったことでした(笑)あれ、どうしてそのチョイスに?
しょうたさん:うちの母が麻雀屋をやっていて、そこの名残ですね。28年前から五反田で麻雀屋「まあいいじゃん」をやっていて、僕もずっとその中で育ってきたので。
ケージー:なるほど、それで“雀卓が自然”だったんですね。
しょうたさん:そうそう(笑)しかも、あれって実は4人で囲むのにちょうどいいサイズなんですよ。高さも食事にちょうどいいし、真ん中に料理を置くと、みんなでシェアしやすい。
ケージー:まさに“偶然の機能美”ですね。でも、その不思議さも含めて、空間にすごく温かみがあるというか、家っぽい感じがします。

しょうたさん:うれしいです。椅子もあえて全部バラバラにしてて、丸椅子、クッション椅子、硬いやつ……いろいろ置いてるんです。「自分の好きな椅子に座ってください」って感じで。

ケージー:その感覚、まさに“家”ですね。そういうこだわりって、他にもありますか?
しょうたさん:香りですね。うちはレモングラス茶を煮出していて、それをお茶として出してます。香りってすごく記憶に残るじゃないですか?この匂いを嗅いだら「たのんまぁ思い出す」みたいな、そんな風になったらいいなと思って。
ケージー:うわ、それは素敵だなあ……確かに香りの記憶って、空間づくりにすごく大事ですよね。
しょうたさん:食事って料理だけじゃなくて、空気感、会話、音楽、香り……全部含めて「体験」だと思うんですよね。だから、来てくれた人が「ただいま」って言いたくなるような、そんな場所を目指しています。
目指すのは“ただいま”と言える場所——五反田から広がるまちづくりの夢

ケージー:しょうたさんのお話を聞いていて、「たのんまぁ」はただの飲食店というより、“人と人とが交流する実家のようなお店”のような存在に感じました。
しょうたさん:そう言っていただけて嬉しいです。実は「たのんまぁ」っていう店名にも、“楽しい”という気持ちを大事にしたいという想いが込められていて。麻雀店「まぁいいじゃん」の上の階にあるという縁もあって、楽しい=たのしい+まぁ=「たのんまぁ」になったんですよ(笑)。
ケージー:あっ、そういう意味だったんですね!「楽しい」と「まぁいいじゃん」が掛かってるなんて、すごくユニークです。
しょうたさん:ありがとうございます(笑)せっかくなら、「ただのごはん屋さん」じゃなくて、「ただいま」って言える場所になってほしくて。飲んだり食べたりするだけじゃなくて、人と人がゆるやかにつながれる場所。そんなお店をつくっていきたいと思っています。
ケージー:素敵ですね。今後、街との関わりももっと深めていきたいと考えられてるんですか?
しょうたさん:はい。今考えているのは、「餅つき大会」みたいな地域イベントができたらなと。五反田の公園を借りて、お酒片手にみんなで餅をつく。そうやって、知らない人同士が自然とつながるきっかけになればいいなって。
ケージー:いいですね……イベントを通じて、地域とお店の関係がもっと広がっていく感じ。
しょうたさん:そうなんです。五反田って、昔から住んでる人もいれば、ふらっと流れてきた人もいて、いろんな人が混ざり合っている街なんですよ。だからこそ、「みんなでワイワイできる機会」が大切だと思っていて。少しずつでも、まちそのものを楽しくしていけたらなと。
ケージー:店舗展開よりも、まずは“足元のまちづくり”から、という考え方なんですね。
しょうたさん:はい。うちのお店が繁盛するだけじゃなくて、五反田っていい街だなって思ってくれる人が増えることがゴールなんです。イベントがいつか恒例になって、「ああ、冬といえば“たのんまぁの餅つき”やな」って言われるくらいになったら最高ですよね(笑)。
ケージー:タイ料理から始まったご縁が、まちづくりへと広がっていく……本当に素敵なストーリーです。
しょうたさん:ありがとうございます。これからも、「たのんまぁ」は面白い人が集まる場所でありたいですし、その中心にいられたら嬉しいですね。五反田発のあったかい空気を、もっと広げていけたらなと思っています。