「外交官からタイ料理業界へ」—クルン・サイアム川口社長が語る、“もてなし”でつなぐ100年企業の道

タイ料理チェーン「クルン・サイアム」を筆頭に、スースーチャーイヨー、スースースタッフサービス、スースーアグリなど、複数の事業を展開する川口社長。

その原点にあるのは、初めてのタイ渡航で、タイ人とタイ料理にすっかり魅了された経験と、中東・シリアでの外交経験、友人をもてなす“家のような空間”を作りたいという想いでした。

「好きだから、広めたい」タイ料理との出会いから、農業・地域連携・国際協力に至るまで、事業の広がりは多岐にわたっています。

今回は、そんな川口社長が歩んできた“外交官から飲食経営者へ”という異色のキャリアと、21年にわたるクルン・サイアムの歴史をひもときます。

目次

「家で友達をもてなす」―クルン・サイアムの内装は“ワンスアポンアタイム”

株式会社SUU・SUU・CHAIYOO代表・川口さん①
株式会社SUU・SUU・CHAIYOO代表・川口さん①

ケージー:本日はよろしくお願いします!川口さんのこれまでの歩みや、クルン・サイアムの原点について、ぜひいろいろと伺わせてください。

川口さん:よろしくお願いします!早速ですが、うちのお店の内装は、タイ・バンコクにある「ワンスアポンアタイム」というレストランからインスピレーションを受けたんですよ。パンティッププラザっていう、昔バンコクにあった電脳ビルのすぐ近くにあるんですが、一軒家を改装した店舗で、壁には家族の写真や絵が飾ってあって、まるで友達の家に招かれたような温かい空間だったんです。

ケージー:それがまさに、クルン・サイアムの“原風景”なんですね。

川口さん:そうなんです。タイって“屋台文化”の印象が強いと思いますが、実際には一軒家の一部を店舗にして、家族や仲間をもてなすスタイルもすごく多いんですよ。その感覚がすごく心地よくて、「こういう“家のようなお店”を日本に作れたらいいな」と思いました。

ケージー:なるほど。おもてなしの空気感が、お店の空間づくりにも表れている気がします。

株式会社SUU・SUU・CHAIYOO代表・川口さんとの対談様子
株式会社SUU・SUU・CHAIYOO代表・川口さんとの対談様子

川口さん:実は僕、もともと外務省で働いていて、中東のシリアやオマーンで外交官をしていたんです。中東も“人を家に招いて食事をふるまう”文化が根強くて、毎週のように誰かを家に呼んでは、料理でもてなしていたんです。だから、飲食店の原点も、自分の中では「家で人を迎えること、自宅のような空間で家族や友人を迎え、心尽くしの料理でもてなし喜んでいただく」だったのかもしれません。

ケージー:外交官としてのご経験が、今のお店づくりに繋がっているとは……すごく意外で、でもすごく納得です!

川口さん:そうですね。でも後から考えればそうかもしれないと思っただけで、最初は飲食店や事業をやりたくてはじめたわけでなく、単にタイ料理がやりたくて事業を始めてしまいました。タイに初めて行ったとき、タイ料理のおいしさや、よく食べてよく話すタイ人の明るさ、優しさにガツンと強く魅了され、その素晴らしさを他の人にも伝えたい一心で思わずタイ料理店を始めてしまい、いまもその気持ちはそんな変わっていないと思います。

外務省から飲食業界へ—中東で育んだ“もてなし”の哲学

株式会社SUU・SUU・CHAIYOO代表・川口さん②
株式会社SUU・SUU・CHAIYOO代表・川口さん②

ケージー:川口さん、ここからは少しご経歴についてもお伺いさせてください。外務省でのご勤務経験があるとうかがったのですが、どのような経緯でそこに?

川口さん:はい、もともと学生時代にバックパッカーとして、欧州、アフリカ、中東、アジアを旅していたんです。湾岸戦争の頃、クウェートへの侵攻が起こったあたりは、ちょうどエジプトに滞在していたりして。あの時代の空気や、遺跡、歴史、そして現地の人々との出会いを通じて、「中東地域で仕事がしたい」と強く思うようになりました。

ケージー:なるほど、それでアラビア語を専攻されたんですね。

川口さん:そうです。外務省ではアラビア語の専門職として採用されて、最初の勤務地はシリアでした。3年間現地に駐在して、その後はお隣のオマーンにも2年半ほど滞在していました。合計で6年半ほど中東にいましたね。

ケージー:それはかなり長いですね。現地では、どんなお仕事をされていたのでしょうか?

川口さん:公的な交渉や各国との調整のような業務もありましたが、実は日々の生活で印象に残っているのは「もてなし」の文化なんです。中東では、家に人を招いてお茶を出したり、手料理でもてなしたりするのがすごく日常的で。外交官としても、毎週他国の方々を家に招いてミーティングをして、その後に食事をふるまうことが多かったんですよ。

ケージー:まさに“家庭のもてなし”という原体験があったんですね。

川口さん:ええ。当時は奥さんが料理を作ってくれることもありましたし、自分でもちょっとした料理を振る舞ったりしていました。それが、のちに飲食業界に入るきっかけのひとつになったと思います。食を通じたコミュニケーションの力や、料理で人が笑顔になる瞬間の魅力を、現地で肌で感じることができました。

ケージー:外交官から飲食業へ。なかなか珍しいキャリアチェンジですよね。

川口さん:たしかにそうですね(笑)でも、中東での経験を通して、「人をもてなすこと」「喜ばせること」が、自分にとって自然で心地よい営みなんだと実感したんです。だからといって当時は飲食店をやろうとは露ほどにも思っていませんでした。飲食業界で働いた経験もほぼありませんでしたし。

「好きだから、広めたい」—修業時代とティーヌンでの出会い

株式会社SUU・SUU・CHAIYOO代表・川口さん③
株式会社SUU・SUU・CHAIYOO代表・川口さん③

ケージー:中東から帰国された後、いきなり飲食業界に飛び込まれたんですか?

川口さん:すぐではないです。帰国したのが1998年の終わりで、その後外務省で2ポスト努め、2002年終わり頃に「タイ料理屋をやりたい」という思いが天から降ってきました。仕事も嫌でなかったし、その理由は本当にわかりません。自分の好きになった“タイ料理を日本で広めたい”という気持ちが沸々と湧き上がってきて、思いが溢れて翌年外務省を退職しました。

ケージー:それで、あの有名店「ティーヌン」で修業されたんですね?

川口さん:はい。当時からティーヌンは勢いがあって、本店の西早稲田店は毎晩朝4時までまさに“戦場”のような現場でしたが、「とにかく勉強させてください」とお願いして、受け入れていただいたんです。創業者の涌井社長や木下現社長はじめ皆さんには大変お世話になりました。

ケージー:実際に働いてみて、いかがでしたか?

川口さん:いやあ、最初の1週間は想像以上に厳しかったですね(笑)朝から晩までずっと働きっぱなしで。その後、接客の楽しさを知り、店長も経験させて頂きました。初めての飲食業は身体的にも、チーム作りなど精神的にも大変なこともあり、仕事で初めて泣いたのもこの時期ですが、商売はめちゃくちゃ楽しかったです。自分なりに結果もそれなりに残せ、やりがいと手応えを強く感じました。

ケージー:泣くほど…!それでも続けられたのは、やっぱり「好きだから」なんですか?

川口さん:そうですね。泣くほど真剣だったんだと思います。ガリガリに痩せましたし笑やっぱり「タイ料理が好きだから広めたい」という気持ちが根底にありましたし、まかないでタイ料理が食べれるだけでとても幸せでした。現場で触れるタイ人の方々の人柄にも惹かれました。優しくて、でも芯があって、冗談を言いながらも仕事には真剣で。タイ料理という文化だけでなく、“人”に惹かれていったんだと思います。

ケージー:ちなみに、どれくらいの期間修業されたんですか?

川口さん:ティーヌンは約10ヶ月ですね。ただ、内容が濃すぎて体感的には3年分くらい働いた気がします(笑)その後、自分のお店を出すために物件を探しつつ、バーミヤン、カフェラボエムでも学ばせて頂いて、2004年の秋、自由が丘で初めて自分の店を出しました。

ケージー:まさに“想い”がスタート地点だったんですね。

川口さん:ええ。ビジネス的な打算よりも、単純に「タイ料理屋がやりたい、タイ料理の美味しさをもっと多くの人に知ってもらいたい」という想いで始めたんです。今もその気持ちはずっと変わっていないですね。

直営飲食店と食品製造販売の間で。スースーグループが生み出す“日本のタイ料理”

株式会社SUU・SUU・CHAIYOO代表・川口さん④
株式会社SUU・SUU・CHAIYOO代表・川口さん④

ケージー:川口さんが運営されているスースーグループには、実はいくつかの会社があるんですよね?

川口さん:はい。大きく分けると「スースーチャーイヨー」「スースースタッフサービス」「スースーアグリー」の3社があって、それぞれ飲食事業と食品製造販売、人材派遣、農業や食品輸入を担っています。あとは商品開発の会社もありますが、今のところはこの3本柱が中心です。

ケージー:まさに多角的に「タイ」と関わるビジネスですね。

川口さん:そうなんです。でも、すべての起点は「タイに関係する事業を通じてお客様に喜んでいただくということ」なんですよ。たとえば、僕たちは自社で米(スースーライス)をタイから輸入しているんですが、これは「おいしいジャスミンライスを食べて頂きたい」という思いから始めた取り組みです。

ケージー:お米まで輸入してるんですか!

川口さん:はい、私たちが、商社様や卸会社様にお願いをして、入札輸入販売までのスキームを構築しました。ゴールデンフェニックスなど有名なブランドと肩を並べるには至りませんが、ありがたいことに月20〜25トンほど使ってもらえるようになりました。ドンキホーテさんに卸していた時期もありますよ。

株式会社SUU・SUU・CHAIYOOが作っているスースーライス

ケージー:すごい……まさに“裏側から支える日本のタイ料理”ですね。

川口さん:まさにその通りですね。それともうひとつ大事にしているのが食品製造販売や他社様とのコラボの展開です。自社製造のソース調味料や冷凍食品をEC販売したり、食品スーパー、他社飲食店やゴーストレストランへ卸したり、コラボでは、爆弾ハンバーグで有名な上場企業のフライングガーデンさんとタイ料理のコラボメニューを継続してやっていたり、ナポリの釜様とガパオピザを販売したり。“自分たちの手で地道に製造しているからこそ、信頼してもらえる”というのは、スースーグループの大きな強みだと思っています。

ケージー:工場もあるんですよね?

川口さん:はい、自社でソース調味料、冷凍食品の製造・出荷までやってます。かなり手間暇かけて作っていて、たとえばパッタイソースならタマリンドジュースではなくペーストを手作業でこして作るなど、ちゃんと“店舗の味”を届けるようにしています。

ケージー:だから「美味しさの再現性」があるんですね。

川口さん:そうなんですよ。単なる効率化のための工場製造じゃなくて、「日本の中で、本場の味、店舗の味を可能な限り維持し、さらに美味しくするための工場製造」です。工場で作った方が美味しくなるものは工場で、店舗で作った方が美味しいものは店舗で作ります。

農業と地域連携の挑戦—“象のうんち”から始まったスースーアグリ

株式会社SUU・SUU・CHAIYOO代表・川口さん⑤
株式会社SUU・SUU・CHAIYOO代表・川口さん⑤

ケージー:川口さんといえば、「農業」にも本格的に取り組まれていますよね。

川口さん:はい、千葉の市原市南部で農業に参入しました。また、地域振興、地域企業との連携も楽しくてやっています。最近では、新しくできた市原市の観光協議会という団体に参画して、地域を一緒に盛り上げる取り組みをしています。農業の始まりは「象のうんちで堆肥を作れないか?」というアイデアでした。

ケージー:えっ、象のうんちですか?

川口さん:そうなんです(笑)うちのグループではタイ野菜を育てているんですが、農業参入の前にたまたま堆肥の専門家と出会ったことから、、「象のうんちの堆肥でタイ野菜を育て、タイ料理に使ったら面白いんじゃないか」と閃きました。食品卸で関係のあった市原ぞうの国様へすぐに連絡してうんち提供をお願いして、本当に象の堆肥を使って野菜を育てるプロジェクトがスタートしたんです。

ケージー:まさに“エスニック×地域資源”の掛け算ですね。

川口さん:そうですね。いまでは市原の米農家さんとも連携して、この農家さんは「象の米」っていうブランド米の栽培にもチャレンジされています。それを東京ラスクさんの関係会社グランピング施設が田植え体験、稲刈り体験のイベントを企画したり、地域企業で連携して観光コンテンツにもつなげています。また、たくさん栽培している唐辛子などは収穫が手作業で大変なのですが、地域のご婦人方に毎朝手伝って頂いたりしています。ご婦人方にはチーム名があり、地域名から「外部田(とのべた)スパイスガールズ」と呼んでいます。私たちは地域の方々に大いに助けて頂いていますが、逆に私たちの存在も地域に刺激も与えていて、そんなところにも私たちの存在意義はあると思っています。

株式会社SUU・SUU・CHAIYOO代表・川口さんとの対談様子②
株式会社SUU・SUU・CHAIYOO代表・川口さんとの対談様子②

ケージー:完全に“農業→商品→体験”まで一気通貫ですね。

川口さん:農業はまだまだ勉強中で赤字続きですが、地域の人たちと関わってということがとても楽しいです。ありがたいことに、地元の農家さんや行政の方々にも応援してもらえて、すごく良い流れができてきたと感じています。

ケージー:飲食業の枠を越えて、タイ文化を核にした“地域づくり”なんですね。

川口さん:そうですね。「好きなものを広めたい」っていう気持ちは、いつでもどこでも変わらないんです。たとえば僕たちが作っている野菜を、都内のお店で使ってもらえたり、逆に市原に遊びに来てもらえたりする。地域を超えたそんな循環ができたらすごく嬉しいですよね。

「ビジョンはあるけど、固執しない」—未来を縛らず、100年企業を目指して

株式会社SUU・SUU・CHAIYOO代表・川口さん⑤
株式会社SUU・SUU・CHAIYOO代表・川口さん⑤

ケージー:最後に、川口さんご自身が思い描く“これから”についても伺えますか?

川口さん:そうですね、僕はタイというキーワードを軸に「100年続く会社」を目指したいと思っています。でも、そのために「こうしなきゃ」とか「これをやらなきゃ」っていう風には、あまり固めないようにしています。ビジョンはあるけど、執着しない。それくらいのスタンスがちょうどいいかなと思っていて。

ケージー:しっかり方向性は持ちながら、流れには柔軟に乗っていく。

川口さん:まさにそんな感じですね。タイ料理にしても農業にしても、「今、必要とされていること」や「今、自分たちがワクワクできること」に自然と向かっていきたいんです。その延長線上に、会社としての未来があると思っています。

ケージー:事業計画書や資料もタイ語付きでまとめて、社員や仲間と共有されているんですよね?

川口さん:はい。タイ人スタッフも日本人スタッフも一緒に未来を描けるように、長期ビジョンや5カ年計画を共有しています。たとえば、「今期はこんなことをやろう」とか、「この商品をこう展開しよう」とか、そういう情報をオープンにすることで、みんなが当事者意識を持てるようにしています!どこまで伝え合っているかはわかりませんが共有する努力を諦めずにずっとしています。

ケージー:まさに“巻き込み力”ですね。

川口さん:それが自然とできるのは、やっぱりうちに来てくれてるスタッフがみんな本当にいい人たち、そしてユニークな人ばかりだからだと思いますね。自分ができるのは、そういう人たちがちょっとでも輝ける場所、ちょっとでもやりがいを感じられる場を用意すること。それを長く、だらだらと会社、事業を続けていくことが自分の目標なんです。

ケージー:「成長のための急拡大」ではなく、「幸せのための持続」なんですね。

川口さん:はい。儲かるかどうかや効率の追求でなく、お客様、スタッフ、お取引先様、周りの喜びを徹底して追求することや「これ、面白いじゃん」って自分達が思えることをちゃんとやっていきたいんです。利益を上げるためには差別化が必要というけれどこの考え方は好きではないです。よそを気にして、よそと比較して違うことをやるよりも、徹底したお客様の喜び追求の結果、付加価値があがり独自化でき、結果大いに儲かると思っています。

ケージー:未来を縛らない柔軟さと、変わらない信念の両立ですね。

川口さん:そう言ってもらえると嬉しいです。「ハッピータイランドを広める」という軸は変わらずに、これからも仲間と一緒に、面白いことを続けていきたいと思っています!

ケージー:これからの川口さんの活躍を楽しみにしております!本日はお忙しい中、インタビューさせていただき、ありがとうございました!

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